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ロシア・アヴァンギャルドが目指したユートピア。革命とともに生まれた前衛芸術運動とデザイン
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ロシア・アヴァンギャルドが目指したユートピア。革命とともに生まれた前衛芸術運動とデザイン

こんにちは、中野です。
本日はダダシュルリアリスムに続いてロシア・アヴァンギャルド

ロシア・アヴァンギャルド というと、特徴的な色使いとシンプルな幾何学図形、タイポグラフィを組み合わせた力強いエネルギーに溢れたビジュアル。このような説明がもっともシンプルでしょう。

ではいつ、どのような思想を持ち、芸術家たちは何を目指していたのかという視点を加えてみるとどうでしょうか?

本日はそんな目線でロシア・アヴァンギャルドをご紹介してみます。



ロシア革命とロシア・アヴァンギャルドの関係性

blog_20160708_00 ロシア・アヴァンギャルドは、1917年に起きたロシア革命のさなかに生まれた芸術運動です。

第一次世界大戦の長期化によって、ロシア経済の混乱と疲弊は次第に国内の不満を抑えきれなくなります。これを起因として起こったロシア革命は、300年あまり続いたロマノフ王朝を倒し、世界初の社会主義国家を樹立させました。

ロシア革命の混乱の中で生まれた前衛芸術表現は、政治と結びつき、多くの芸術家たちはプロパガンダ・アート を作ります。

blog_20160708_21 blog_20160708_22 blog_20160708_23 プロパガンダとは、人々の思想や行動を誘導する宣伝のこと。政治的宣伝という意味合いで使われることが多いですが、日本でも戦時中のグラフ誌「FRONT」はその役割を果たすべく作られたといわれています。

ロシア構成主義とシュプレマティズム

blog_20160708_11 絵画、演劇、建築、映画、写真、デザインといったあらゆるジャンルを巻き込み、影響を与えたロシア・アバンギャルド運動から、ロシア構成主義 シュプレマティズム という2つの重要な芸術様式(運動)が生まれます。

blog_20160708_25 ロシア構成主義はラジミール・タトリン が制作した鉄板や木片を使ったカウンター・レリーフの中に構成(コンストラクション) を見出したのが始まりだと言われています。

芸術家たちは今までの芸術手法を否定し、工業的な実用物を使って抽象的な美や力学的な美を表現しました。 なぜ工業なのか?というと、革命後のロシアにおいて工業的経済発展こそが社会的進歩なのだというところから。

構成主義の芸術家たちは実用的な分野に芸術表現を用いていくことで、社会に貢献する、という強い意思を持っていました。

歴史の流れがわかると納得感がないですか?個人的にはこうした因果関係がわかると、とても面白いです。

blog_20160708_24 タトリンの設計した第三インターナショナル記念塔。
残念ながら実現はしませんでしたが、鉄とガラスを素材として使ったロシア・アヴァンギャルドの象徴的作品と言われています。


同時期にカジミール・マレーヴィチ は、シュプレマティズム(絶対主義、至高主義) という絵画様式を生み出します。マレーヴィチは絵に込められた意味を徹底的に排した抽象的作品を追求します。自然に存在する対象物を完全に排除し、純粋な感覚から生み出す無対象絵画こそ芸術である、と主張しました。

blog_20160708_02 黒の正方形

ただの四角じゃないか、と感じる方も多いと思いますが、シュプレマティズムは対象を持ちません。対象を持たないことで鑑賞者に「考えさせる 」ということを望みます。そこに生まれる純粋な感情こそがアート。おぉすごい。

それまでの絵画は対象を持っていました。対象があれば鑑賞者は基準となる価値観を持て、上手い下手、好き嫌いという評価をつけられる。すなわち鑑賞者側に主導権がある。

黒の正方形は絵自体が主導権を持ちます。それによって観賞者は「この黒の中に宇宙の真理が隠されているのかも? 」というような、既存の価値観では評価できない状態になります。

blog_20160708_03 白の上の白

シュプレマティズムは過去の芸術を完全に否定することで新しい価値を生み出し、抽象絵画の1つの到達点であるとも評価されました。

ロシア構成主義とシュプレマティズムはお互いに影響し合い、ステンベルグ兄弟、エル・リシツキー、アレクサンドル・ロトチェンコなどを中心に、ロシア・アヴァンギャルド運動を推し進めていきます。

エル・リシツキーの革新的なデザイン

20世紀におけるグラフィックデザインの祖といわれるほど、数多くの革新的なデザインを生み出したエル・リシツキーは、「鑑賞するものに行動を促す 」というテーマを生涯持ち続けました。

blog_20160708_09 プロパガンダ・ポスター「赤い楔(くさび)で白を打て」1919年

革命政府が赤、旧ロシア帝国が白。シンプルな構図の中に隠された強烈なメッセージ。シュプレマティズム手法を取り入れつつ幾何学図形で構成された表現ですが、誰がみても直感的に理解できます。

リシツキーはブックデザイナーとしても、このテーマに基づいたブックデザインを施しています。

blog_20160708_27 絵本「二つの正方形の物語」

あえて簡素なストーリーと図形で構成し、それを目で追うことで子供たちが想像力を働かせ、自らストーリーを作ることを促します。

blog_20160708_10 ウラジーミル・マヤコフスキー詩集「声のために」

声に出して読むことを前提に作られた詩集。言葉を声にすることで詩を体感させることを試みました。

blog_20160708_12 blog_20160708_15 例えばこの2冊のこうした背景や意図を知らなければ「うーんシンプルでカッコイイなぁ」と眺めるだけで終わってしまいます。

もちろんそれでも十分なのかもしれませんが、デザインやタイポグラフィの資料として活用するのであれば、目的とその意味を知りたいと思うはず。赤である意味や線、文字のサイズやレイアウトに、明確な理由をしっかりと説明できることはデザイナーに必要なスキルだと思います。

アレクサンドル・ロトチェンコのポスターと多才な活動

革命後の社会においてロシア構成主義の芸術家たちは、芸術とは個人の趣味嗜好から生まれるブルジョア階級のものではなく、産業とともに合理的に機能するべきだと考えました。

アレクサンドル・ロトチェンコ もまた、芸術が「生活とともに機能する 」ことを追求し続け、ロシア構成主義の中心人物として活躍します。

ロトチェンコが手がけたポスターデザインは、どれも現在の広告デザインのお手本となるようなものばかり。幾何学図形やフォトモンタージュを駆使したシンプルなメッセージと構図は、見たものに力強い印象を残します。

ロシア・アヴァンギャルド ポスター 右:「ダヴロリョート社」広告ポスター
(あなたのお名前が当社の株主リストに載っていないのは恥ずかしいことです。)
よく考えたらすごいメッセージですね。

blog_20160708_05 blog_20160708_14 ゴムトラスト社広告ポスター「これより良いおしゃぶりはない」

blog_20160708_20 すべての人が本を読むようになることが革命だと訴えるポスター「あらゆる知についての書籍」。当時の国民の識字率はわずか18%。「本よー!」


ロトチェンコはペインティング、グラフィック、立体、建築、雑誌や本のデザイン、インテリア、ポスター、写真とあらゆる表現手法を実験しましたが、後年は写真に傾倒していきます。

blog_20160708_06 blog_20160708_07 ロトチェンコの撮る写真は構図がとても美しいです。

1920年代のモダニズム作品は構図の美しさが際立つものが多いです。マン・レイやモホリ=ナジ、北園克衛もこの時代。

新時代の美術教育機関ヴフテマス

blog_20160708_28 美術教育機関ヴフテマス(高等芸術技術工房)は、1920年に創立されました。政府が考えていた目的は、これからの経済発展に必要な近代的な建築や産業を支える人材育成。

教師陣は、後にバウハウスでも教鞭をとったワシリー・カンディンスキー、ウラジール・タトリン、アレクサンドル・ロトチェンコといったロシア・アヴァンギャルド運動の中心となった人物たちが召喚されました。

わずか10年で解体され、教員や生徒たちは分散することを余儀なくされてしまいます。同時期のバウハウスも政治に翻弄されてしまいましたが、経済発展にはデザインの力が必要だということはまぎれもない事実。

さて、ロシア・アヴァンギャルドはレーニンの死からスターリンへと政権が移り、社会主義リアリズムによって30年代には完全に息の根を止められてしまいます。 ロシア革命に夢を見たアーティストの多くは、失望の中海外へ亡命していきました。

ロシア・アヴァンギャルドとは何だったのでしょうか?
ダダやシュルレアリスムの芸術運動とロシア・アヴァンギャルドとの違いは、革命としての前衛芸術が経済発展の一翼を担い、芸術家たちもそれを信じたこと。

デザインの力で世界を変える ことを目指した、彼らのユートピアとはまさにこの部分だったように感じます。

ロシア・アヴァンギャルドの後世への影響力

この時期に誕生したデザインの数々は、後世でもオマージュ作品を数多く生み出しています。

blog_20160708_26 ロシア・アヴァンギャルドの力強い表現手法を借りることで新鮮なインパクトを与えたい、という意図が見られます。そのままとも言えますが。。。

過去の歴史や資料から学ぶことの意味

僕は古本屋であると同時にデザイナーでもあります。 デザイナーとは、いうなれば視覚言語の表現者。
伝えたい情報をわかりやすく、かつ効果的にみせること をデザインと呼ぶのであれば、その情報を自分がまず理解し、伝えるべきものを見つける必要があります。

デザイナーであれば、感覚的に好きだなと感じるビジュアル表現を過去の資料から見つけ、今の仕事に生かすということも多いと思いますが、デザインには必ず表面的な表現を支えるテーマやコンセプトがあります。

ぜひ、なぜこの表現だったのか? という視点を持ち、そして疑問が生まれたら歴史を深掘りしてみてください。社会全体の動きとデザインの流れにも必ず理由があるんだなぁと感じるだけでも新しい発見なのですから。

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ノストスブックス店主。歴史と古いモノ大好き。パンク大好き。羽良多平吉と上村一夫と赤瀬川原平と小村雪岱に憧れている。バンドやりたい。