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本とヒップホップと私。音楽から足を踏み入れたブラックカルチャーの世界
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本とヒップホップと私。音楽から足を踏み入れたブラックカルチャーの世界

こんにちは、石井です。
本と音楽 」のお題で綴るブログシリーズをお送りします。

ヒップホップ。それはとても素敵な音楽。エリックB & ラキム、ATCQ、ウータン・クラン、ギャング・スター、ピート・ロック、ブラック・シープ、etc..。80年代から90年代中盤(黄金時代!)の音源を掘り起こしてはアーカイブし続けるうちに、いつのまにか映画や文学、人物伝などに手を伸ばしていました。

今回はそうして出会った中でも特に印象に残る、ブラックカルチャーにまつわる書籍をご紹介したいと思います。



カバーアートを通して振り返る、ヒップホップの進化と変化

hiphop_16 hiphop_17 まずは音楽評論家、アンドリュー・エメリーによる「Hip Hop Cover Art」から。本書をただのジャケットアーカイヴと思うなかれ。膨大な量のレコード・ジャケットのデザイン解説を軸に、ヒップホップの進化と変化を語りに語った名著です。

hiphop_40 社会派ヒップホップ・グループの先駆、パブリック・エネミー。効果的に使われているのはグレン・E・フリードマンの写真ですね。象徴的なスコープのロゴはメインラッパー、チャックDが自らデザインしたもの。本書掲載のインタビューによると、雑誌に掲載されていたLLクールJの写真を切り抜いてシルエットに加工したらしい。予想以上にDIYです。

hiphop_20 ア・トライブ・コールド・クエストの名盤「Midnight Marauders」のジャケットは、背後にヒップホップ・スターたちの顔写真を並べることで彼らへのリスペクトを表現しました。みんな良い表情!

ヒップホップがスタイルを持ち始めた1970年代後半、音楽的な創造性が頂点を極めた1980年代、そしてよりクレバーな新たな世代が台頭した1990年代。多様性にあふれたジャケットアートとともに時代を駆け抜けてみてはいかがでしょう。

Hip Hop Cover Art

著者
アンドリュー・エメリー
出版社
トランスワールドジャパン
発行年
2006年
音楽評論家、アンドリュー・エメリーによる著作。ヒップホップのレコードのジャケットアートワークを題材に、当時のファッションや文化を解説する。ジャケットのデザインの参考書としても。
レコードジャケットだけではなく、レジェンドたちのポートレートやスナップを眺めたい方には、こちらの写真集「Who Shot Ya?」がおすすめです。

アーニー・パニチオーリの写真集。ヒップホップ黎明期である1970年代から、勃興期の1990年代に活躍したヒップホッパーのポートレートを収録。
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もう1冊は「Tupac Shakur Legacy」。人気の絶頂にいながら1996年に凶弾に倒れたラッパー、2Pac(トゥパック・シャクール)のトリビュートブック。少年時代の姿、オフィシャルショットからプライベートなポラロイド写真まで、全速力で駆け抜けた25年間の軌跡が収められています。今年の冬には伝記映画「All Eyez On Me」が全米公開されるらしいですね。日本でも上映してくださいお願いします。

アメリカの偉大なラッパーの一人、2PACの逸話を綴った伝記。2PACのポートレートの他、残された貴重なメモや手書きのリリックなどを収録。
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スパイク・リーがスクリーン越しに投げかけてくる問いとは

hiphop_12 音楽に続いて、お次は映画にまつわる書籍。本書「Do the Right Thing」は、1989年にスパイク・リーが制作した同タイトルの映画のシーン、撮影中のオフショット、脚本などを編纂したビジュアルブックです。大判サイズでずっしり見応えのある1冊。

hiphop_13 舞台はうだるような暑さの真夏のブルックリン。ささいな出来事をきっかけに、さまざまな民族や職業の人々がヒートアップし周囲を巻き込み、やがて大変な騒動に...。

hiphop_14 hiphop_15 ヒップなファッションや小道具のスタイリングに眼を奪われると同時に、正しいこととは?まっとうな生き方とは?という強いメッセージを投げかけてくる本作品。写真集と合わせて映画もぜひ。

Do the Right Thing

著者
Spike Lee
出版社
Ammo Books
発行年
2010年
1989年にスパイク・リーが制作した映画「ドゥ・ザ・ライト・シング」のスチール写真集。映画のシーンや撮影中のオフショット、脚本などをカラーで収録。
さて、ヒップホップ・ミュージックやブラックムービーで必ず耳にする言葉といえば、スラング。辞書があったら良いな、と思っていたらありました「アフリカン・アメリカン スラング辞典」。実際に使用する機会はなくとも、意味を知ることでリリックや映画の台詞をより深く味わえるかもしれません。

アフリカ系アメリカ人のコミュニティで使用される俗語、すなわちスラングを和訳した辞典。
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ファッショナブルで愛に溢れたストリート・フォト

hiphop_04Back in the Days」というタイトルだけでも胸にグッとくる本書は、ヒップホップ・カルチャーを生み出した世代の人々、表情、風景、ファッションをジャメール・シャバズが記録したドキュメント写真集です。

hiphop_03 hiphop_02 hiphop_01 15歳のときにコダックのカメラ、インスタマチックを手に入れ、親しい友人や家族を撮影し記録するようにったというシャバス。その後、マグナム・フォトのメンバーだったレナード・フリードらが記録したブラック・コミュニティのドキュメント作品に触発され、記録写真に捧げた人生を歩み始めることに。アメリカ国内や国外を問わず、多種多様なカルチャー、そこに集う人々を記録し、ファッションからファインアート・フォトまでに及ぶ膨大な作品の数々を発表し続けています。

hiphop_05 hiphop_06 アディダスやプーマ、ラジカセに囲まれ、強さ・プライド・勇気、そして愛に満ち溢れた最高にクールな人たちが記録されています。序文の言葉を借りるなら「匂い、音、味、そして肌触り」を感じることができる、偉大な写真集です。

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Back in the Days

著者
Jamel Shabazz
出版社
powerHouse Books
発行年
2001年
1980年から1989年にかけてのヒップホップカルチャーを写真家のジャメール・シャバズが記録したドキュメント写真集。
上記「Back in the Days」には兄弟がいます。

舞台は時を遡ること約10年。シャバスのもう1冊の写真集「A Time Before Crack」は、1970年代中盤から1980年代のニューヨークストリートを記録したもの。暴力やドラッグ抗争などの問題が深刻化していなかった当時のニューヨークシティ。ファッショナブルで暖かい人々の表情が印象に残ります。

写真家のジャメール・シャバズが1970年代中盤から80年代のニューヨークストリートを記録したドキュメント写真集。
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アメリカン・ピンプの徹底したスタイルと美学

hiphop_08 ピンプとは娼婦を斡旋し、上前をはねるエージェントのこと。娼婦の宣伝サービス、身柄の保護、そしてクライアントを獲得するための場所の提供といった業務をこなす斡旋業者です。

数週間ビルボードチャートのトップに君臨したジェイZの「Big Pimpin」や、ピンプのイメージを模倣してのし上がったスヌープ・ドッグ、キッド・ロックといったアーティストなどの影響もあり、今やすっかりメジャーな存在となったピンプですが、ファッションやイメージばかりが強調され、その実態は意外と知られていません。

hiphop_09 hiphop_10 本書「Pimpnosis」はアメリカン・ピンプの地下組織に接近し、初めてその全貌に迫ったドキュメント作品。ピンプの腕と仕事のスタイルで決まる52以上のヒエラルキーや、トップに君臨するピンプたちの実像、ナンバー・ワン・ピンプを競う「プレーヤーズ・ボール」の実態などを取材した貴重な写真を収録しています。

写真家のトレイシー・ファンチースが独自のコネクションを駆使し、何年も交渉を重ね、ピンプたちの実像をようやく撮影することができたもの。ただのドキュメントにとどまらず、ピンプたちの人間的な姿を捉えた快作です。

hiphop_07 hiphop_11 ピンプが違法かどうかは地域や業務内容でも変わってきますが、今のところほとんどの国で売春は違法行為。しかしながら、違法であるがゆえに、娼婦は何か被害にあっても訴えるようなことはせず、クライアントからの保護や法的な後ろ盾を再びピンプに提供してもらうといった実態があります。

近年は国連が売春の合法化を推奨するなどといった動きもあり、おそらくピンプ・カルチャーも変化を余儀なくされるでしょう。二度と見ることができないかもしれない名声、権力、栄光、富のゲームを記録した、おすすめの一冊です。

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Pimpnosis

著者
Tracy Funches、Rob Marriott
出版社
Harper Entertainment
発行年
2002年
写真家/トレイシー・ファンチースと、ジャーナリスト/ロブ・マリオットによる、ピンプ(売春斡旋業者)カルチャーをとらえた写真集。

ブラックカルチャーの根底にある思想とは

hiphop_41 ブラックカルチャーに触れるにあたり欠かせない人物といえば、黒人公民権運動活動家・マルコムX。その思想は、前述の映画監督スパイク・リーをはじめ、ミュージシャンや作家、多くの文化人、そして一般市民に大きな影響を与え続けています。

本書「マルカムX自伝」では、荒んだ少年時代、獄中におけるネイション・オブ・イスラムとの出会いと離別、メッカ巡礼を機に訪れた伝統的なイスラム教への改宗など、マルコムの人生とその思想を追うことができる1冊。ただしこちらは抄訳版なので、より詳しい情報をお求めの方には完訳版がおすすめ。

マルカムX自伝

著者
マルコム・X
出版社
河出書房
発行年
1974年
アメリカの黒人公民権運動活動家、マルコム・Xの自伝。
マルコムX暗殺後、公民権運動は民族主義運動へと展開し、より過激で暴力的な方向に進みました。特に急進的な活動で知られるのは、政治組織ブラック・パンサー党。「Black Panthers 1968」では写真家ハワード・ビンガムが、ブラック・パンサー党の中心人物ヒューイ・P・ニュートンやその妻キャスリーン、そして党員たちの活動の様子を記録した貴重な写真が収められています。

60〜70年代のアメリカで黒人民族主義運動・黒人解放闘争を展開していた急進的な政治組織ブラック・パンサー党を、写真家/ハワード・ビンガムが撮影した貴重な記録写真集。
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最後は書店のお話を。

かつてハーレムにあった伝説的書店「ナショナル・メモリアル・アフリカン・ブックストア」の創業者、ルイス・ミショーの伝記。開店当時の在庫は貰いものの本がたった5冊。悪戦苦闘しつつも知恵を絞り、信念を持って人々へ本という形の「知識」を届け続け、40年の時を経て22万冊以上の書籍を有するまでに至る道程が語られています。

かつてハーレムに店を構えた伝説的書店、ナショナル・メモリアル・アフリカン・ブックストアの創業者/ルイス・ミショーの伝記。
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さて、だいぶ長い記事になってしまいましたが、実はまだまだご紹介したい本はたくさんあります。ヒップホップから足を踏み入れたブラックカルチャーの世界は奥が深い。1度の記事ではとてもご紹介しきれなかったので、いずれまた。

ではでは。



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ブックディレクター。古本の仕入れ、選書、デザイン、コーディング、コラージュ、裏側でいろいろやるひと。体力がない。最近はキュー◯ーコーワゴールドによって生かされている。ヒップホップ、電子音楽、SF映画、杉浦康平のデザイン、モダニズム建築、歌川国芳の絵など、古さと新しさが混ざりあったものが好き。