パリのポンピドゥセンターで、マン・レイがマルセル・デュシャンの星形に剃った後頭部を撮影した写真を見た夜に、星形の庭の夢をみた。
黒い鳥がリードして、無数の白い鳥が星形の庭に向かって舞い降りていく。「目醒めた時、その風景がとても音楽的なものに思われて、これを音楽にしてみたいと思ったんです。」と、本書の中で武満徹は語っています。
本書『夢と数』は、独学で音楽を学び、自分の感性だけを信じ数々の名曲を生み出してきた作曲家・武満徹が、どのようにして曲をつくり、音楽をどう捉えているかについて、具体例を用いながら解説した講義をまとめた一冊。
冒頭の夢の話に戻りましょう。氏はその夢から、『鳥は星形の庭に降りる(A Flock Descends into the Pentagonal Garden)』という曲をつくります。その際に用いたのが「数」。夢にあらわれた(五角形の)星の庭は5つの音場になり、群をリードする黒い鳥はF♯として曲の核となります。
予言なくあらわれる不定形な「夢」を、「数」の抽象性と絶対性によってクリアにする。数学者でない氏は、「数」を宇宙論的なものとして用い、そしてまた色彩でもあり、光であると表現しました。
なんだか「数」が神秘的なものに思えてきた。
本書を読み進めていくと、それまで耳で聴いていた音楽を、まるで絵画や風景と同じように眼で見ている自分に気づきます。この講義、実際に聞いてみたかったなぁ。
最後に心に残った一文を紹介させてください。
「ぼくの音楽では長い休止が随所に挿まれて、とぎれとぎれのようなものが多いですね。不連続な情景の羅列のような印象を与えるかもしれませんが、そのひとつひとつは夢の破片のようなものだと思っています。」