11月23日より世田谷美術館ではじまる展示、「奈良原一高のスペインー約束の旅」をとても楽しみにしています。そして、このタイミングで『空気遠近法』をご紹介できることが本当に嬉しい。
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本書はヴェネツィアを舞台に、奈良原一高が撮影した写真と、田村隆一による詩で構成された写真集です。奈良原一高が切り取ったのはヴェネチアの街ですが、どこか遠くの宇宙や神秘的な場所を捉えているかのよう。それが詩と造本が合わさって、より強い表現として見るものを魅了します。
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この本には様々な仕掛けが隠されています。鮮やかな黄の表紙を開くと、蛇腹製本された本体。右から開くと、黒い背景に奈良原一高のモノクロ写真と、宇宙を彷彿とさせる模様が散りばめられています。さらに重ねるようにプリントされたカラフルな粒子は少し浮き出ており、ざらりとした手触り。
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そして左から開くと現れる、田村隆一の詩。少し見ていると、先ほどと同じ写真が繰り返し掲載されていることに気づきます。同じ写真なのに言葉があることで物語が生まれ、暗闇に息を潜めるものや、街を見下ろす神の姿を感じ取れるよう。
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この本の構成をしたのは、デザイナーの勝井光雄。冒頭で述べた次回展示の元となる写真集「スペイン偉大なる午後」の装丁も手がけています。
80年代のはじめ頃、印刷の製版技術がデジタル処理に変わったことで、「電子的な空間のなかでしかつくれない色光の存在を発見した」と語っています。『空気遠近法』が発行されたのは1983年。デジタル技術を駆使し、新しい視覚表現を模索し完成した貴重な一冊なのです。
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戦後日本の新しい写真表現を切り開いた奈良原一高と、現代でも多くの詩人たちに大きな影響を与え続けている田村隆一、実験を重ね常に新しい表現を追求した勝井三雄。3人だからこそ生まれた化学反応を、ぜひご堪能ください。