作家やアーティストの蒐集品というものは、どうしてこんなにも心をくすぐるのでしょう。
蒐められたもののなかに作家が手掛けた作品との繋がりを発見したり、作家自身のルーツを見出したりとおもしろがり方は様々ですが、本書『画家のおもちゃ箱』は、猪熊弦一郎という人間の一部をそっと見せてもらったような喜びと愛おしさがあります。
1930年代にフランスへ渡りアンリ・マティスに師事した画家・猪熊弦一郎は、1950年代半ばにニューヨークへ活動の拠点を移すと、約20年もの間多数の画家やデザイナーらと交流しながらその地で過ごしました。
本書は猪熊氏の手によって選ばれた蒐集品の数々やアトリエの様子を、著者自身のことばと写真家・大倉舜二による写真でまとめたもの。文化出版局『ミセス』に掲載されたこの連載は、いまなお多くの人々から愛され続けています。
チャールズ・イームズから贈られた自動車のおもちゃ、巴里で飲んだ牛乳の瓶、文子夫人がアンティークショップでこつこつと探し集めたマーボロ、ジャスパー・ジョーンズのポスター、木と段ボールでできた卵のパッケージ...
アーティストの作品と道端で拾った木の実が横並びで紹介される様子からは、そのどれもが猪熊氏にとって等しく愛すべき宝物であることが伝わってきます。溢れ出す思い出を語る猪熊氏と、アトリエで誇らしそうに佇むモノたちのなんと饒舌なことか。
蒐めることそのものを目的とせず選ばれた品々を眺めているうちに、猪熊氏のコレクターとしての印象は薄らぎ、まるで永く連れ添った恋人や、苦楽を共にした友人を紹介されているような気持ちになってくるのです。コレクション集というよりかは、大切にしたためられたアルバムをめるくときの感覚に近いかもしれません。
「そうそう、このガラスの瓶に出会ったときはね...」という猪熊氏の声が、今にも聞こえてきそう。