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さらに一歩踏み込む宮沢賢治の世界。あなたはどの「銀河鉄道の夜」がお好きですか?
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さらに一歩踏み込む宮沢賢治の世界。あなたはどの「銀河鉄道の夜」がお好きですか?

こんにちは、石井です。

詩人であり童話作家である宮沢賢治。「風の又三郎」「注文の多い料理店」「セロ弾きのゴーシュ」など、その著作はどなたも一度は手にとったことがあるのではないでしょうか。

そして代表作といえば「銀河鉄道の夜 」。夢と現実が交差する世界観、独特に響く美しいことば、断片的にあらわれる死の暗喩。幻想的で謎めいた世界観は人々を魅了し、様々なかたちの絵本や評論、考察を産みました。本日は、3冊の「銀河鉄道の夜」とともに、宮沢賢治にまつわる書籍をご紹介します。



銀河鉄道の夜 最終形・初期形 ブルカニロ博士篇

ginga_09 「銀河鉄道の夜」のストーリーは、孤独な少年ジョバンニが、星祭の夜に銀河鉄道に乗車し、親友カムパネルラとともに旅をするというもの。はくちょう座から、わし座、さそり座、みなみじゅうじ座まで、天上を走る汽車の中、ジョバンニは様々な出会いと別れを経験します。そして、カムパネルラとの永遠の別離。死後の世界とも夢ともつかぬ幻想的な物語は、悲しいけれど、同時にふしぎな希望を読了後にあたえてくれます。

ginga_10 ginga_11 さて、いまでは大人にも子どもにも愛される名作として知られる「銀河鉄道の夜」ですが、実は未完の作品であり、出版されたのは宮沢賢治の死後だということをご存知でしょうか。

ginga_12 賢治が書きかけのままで遺した原稿は大きく分けて4つ。度重なる推敲が重ねられた膨大な量の遺稿を、専門家たちが綿密に調査し、推敲がもっとも後とされる第四次稿を最終形としました。現在出版されているものは、この最終形をベースにしているものがほとんど。

ところが第三次稿には、最終形には登場しない「ブルカニロ博士」という人物が、重要な役割をもって物語の締めくくりにあらわれるのです。

ginga_13 ginga_14 本書「銀河鉄道の夜 最終形・初期形 ブルカニロ博士篇」は漫画家・ますむらひろしが、第三次稿である初期形を「ブルカニロ博士篇」とし、最終形とともに収録した作品です。原作を忠実に生かした台詞やナレーション、猫の姿をとったキャラクターたち。ともすれば難解な印象になってしまう宮沢賢治の世界観を、より親しみやすくわたしたちに近づけてくれます。

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銀河鉄道の夜 最終形・初期形 ブルカニロ博士篇

著者
ますむらひろし
出版社
偕成社
発行年
2003年
童話作家・宮澤賢治の代表作「銀河鉄道の夜」を、漫画家・ますむらひろしが漫画化。幻想と謎にみちた傑作を親しみやすい絵で表現。
「銀河鉄道の夜」をめぐる解釈・考察を読み深めたいなら、こちらの「討議『銀河鉄道の夜』とは何か」がおすすめ。乗客と交わす謎解きのような会話の意図するものは?ジョバンニが言うところの「ほんたうのさいはひ」とは?ブルカニロ博士はなぜ最終形原稿から姿を消したのか?宮沢賢治研究で知られる二人の詩人が、原作からの引用をまじえながら、各シーンを分析し語らいます。

宮沢賢治の代表作「銀河鉄道の夜」に関して、入沢康夫・天沢退二郎の2人の詩人によって行われた討議の記録をまとめた作品。討議の際にテキストとして使用した「銀河鉄道の夜」本文および後記を、付録資料として巻末に収録。
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宮沢賢治絵童話集13 銀河鉄道の夜

ginga_20 2冊目は「宮沢賢治絵童話集13 銀河鉄道の夜」。底本となっているのは、ブルカニロ博士の登場しない最終形原稿です。

ginga_21 ginga_22 ginga_23 東逸子の描く繊細な色彩の挿絵とともに、銀河鉄道は進みます。

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宮沢賢治絵童話集13 銀河鉄道の夜

著者
宮沢賢治
出版社
くもん出版
発行年
1993年
宮沢賢治絵童話集シリーズの第13巻。孤独な少年ジョバンニが、友人カムパネルラと銀河鉄道の旅をする宮沢賢治の代表作、「銀河鉄道の夜」が、イラストレーターであり作家の東逸子の絵によって蘇る。

絵本 銀河鉄道の夜

ginga_15 3冊目の「銀河鉄道の夜」は2014年に偕成社から出版された「絵本 銀河鉄道の夜」。こちらも最終形原稿がベースになっています。

ginga_16 ginga_17 ginga_18 印象的なモノクロームの挿絵は画家、装丁家の司修によるもの。版画のようにも見えますが、スクラッチボードに描かれたドローイングです。より抽象的なイメージ群は、読了後に深い余韻を残してくれます。

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絵本 銀河鉄道の夜

著者
宮澤賢治
出版社
偕成社
発行年
2014年
童話作家・宮澤賢治の代表作「銀河鉄道の夜」に、装丁家・司修が絵を添えた作品。絵の技法であるスクラッチボードを用い、絵の飾り枠デザインには宮沢賢治の童話のイメージや彼が描いた絵を取り入れている。
童話のほかにも多くの詩を遺した宮沢賢治。代表的な詩作をまとめた「永遠の詩6 宮澤賢治」は、現代仮名遣いで読みやすく書かれ、解説も収録されています。うつくしく、そして悲しく響いてくることばの意味や、含まれているメタファーについても知ることができる、おすすめの1冊。

今日的に意義のある詩人をとりあげ、代表作を厳選・収録した「永遠の詩」シリーズ第6弾、宮澤賢治。「春と修羅」「星めぐりの歌」「雨ニモマケズ」など全31篇を収録。各篇に短い鑑賞解説を収録。
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宮沢賢治 プリオシン海岸からの報告 | 入沢康夫

さらに深く、宮沢賢治の世界に潜航したいかたへ。本書「プリオシン海岸からの報告」は10数年の歳月をかけて完成した「校本 宮沢賢治全集」を編纂するにあたり、綿密な草稿調査を通じて得た発見と着想、そして研究結果を記録した論考集です。

岩手の風土に密着しつつも、同時に宇宙を内包するような普遍性をもっている宮沢賢治の世界。詩集「春と修羅」のすさまじい量の推敲から読み取れること、「銀河鉄道の夜」についての天文学や数学に基づいた考察など、長年にわたる賢治研究の集大成にふれることができます。

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宮沢賢治 プリオシン海岸からの報告

著者
入沢康夫
出版社
筑摩書房
発行年
1991年
詩人、そして宮沢賢治研究者の一人、入沢康夫による評論。「校本宮沢賢治全集」の制作を手がけたことで生まれた論考を編纂。詩や小説の作品論や映画の評論などを時間軸に沿って展開していく。
上記「プリオシン海岸からの報告」の著者・入沢康夫とともに、宮沢賢治の遺稿調査を手がけた天澤退二郎の著作がこちらの「宮澤賢治論」。

賢治の詩や童話のほとんどが生前未発表であったことから、作品の最終形態が不明なものが多く、まさに迷路のような様相をなしていたことが本書からも読み取れます。著者らは膨大な原稿群を、<草稿の森>とたとえるほど。今日殆どの賢治作品を完成形として目にすることができるのは、たゆまぬ研究と気が遠くなるほどの編集作業のおかげなのですね。

詩人、童話作家、翻訳家、として活躍しながら、宮沢賢治の研究を行なっていた天澤退二郎の評論。作品だけでなく、賢治草稿の実情などにも迫り、批判の中から新たな発見をしていく。
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最後に、1985年に劇場公開されたアニメ「銀河鉄道の夜」のエンドロールをどうぞ。
監督・杉井ギサブロー、キャラクターデザイン・ますむらひろし、脚本・別役実、そして音楽は細野晴臣という奇跡の名作。エンドロール内で流れる「春と修羅」の朗読がこれまた素晴らしい。



この機会に、賢治作品のもつ深い淵のような暗がり、得体のしれない美しさ、または文学と科学の合間に存在しているかのような不可思議さに触れていただければ幸いです。

ではでは。



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ブックディレクター。古本の仕入れ、選書、デザイン、コーディング、コラージュ、裏側でいろいろやるひと。体力がない。最近はキュー◯ーコーワゴールドによって生かされている。ヒップホップ、電子音楽、SF映画、杉浦康平のデザイン、モダニズム建築、歌川国芳の絵など、古さと新しさが混ざりあったものが好き。