「第一回個展以来、彼女の作品を愛好している」
— 澁澤龍彦「現代作家論 野中ユリ 純白のプラトニズム」美術手帖253号より
戦後を代表する造形作家のひとり・野中ユリの作品に、フランス文学者・澁澤龍彦が文を添えた画集、「妖精たちの森」。野中ユリは、1950年代に瀧口修造の師事をうけ、同時代の芸術家や文学者と出会い、表現領域を広げた芸術家。同時に稲垣足穂や生田耕作、尾崎翠、種村季弘らの著作の装丁を数多く手がけていることでも知られています。
中でも、活動初期から続いた澁澤龍彦との協力関係は長く、代表的なものは「澁澤龍彦集成」や「夢のある部屋」の装丁、「妖精たちの森」「狂王」の共作などが挙げられます。互いの活動に影響しあい続けた中で生まれた本書は、ふたりの知識や表現技術の真骨頂ともいえるのではないでしょうか。
さて、主題となっている妖精とは、古くはギリシャ神話、英国のアーサー王伝説、ケルト民話、北欧神話など西洋の神話や民間伝承に登場する超自然的な存在。かつては人びとの生活に密接に関わっていました。その姿や性質は様々ですが、パラケルススの「妖精の書」によれば妖精たちの棲みかは大きく分けて四種類、水・風・土・火に属するとされているそうです。本書はその自然世界の四元素にまつわる妖精の章からはじまり、植物、鉱物、ついには宇宙へと、テキストとビジュアルによる博物誌は紡がれていきます。
ページをめくると、銅版画、コラージュ、パステル、デカルコマニーなど様々な技法を用いて描かれた作品が、文章と交互に、時には見開きで展開されていきます。漂ってくるのは繊細さや透明感、壮大なスケールの世界観にぐいぐいと引き込む力強さ。さらには、ただ美しいというだけでなく、観る者が想像力をはたらかせるための余地がレイヤーの合間にひそやかに用意されているようにも思えます。こういった独特の吸引力を体感できるのも印刷物がもつ魅力のひとつなのかもしれません。
野中ユリの他の作品集・装丁を手がけた書籍、澁澤龍彦の著作も随時入荷しておりますので、ご興味のある方はぜひご覧ください。