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恩地孝四郎の装幀時代。手業が冴える、大正から昭和にかけて花開いた本の美術
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恩地孝四郎の装幀時代。手業が冴える、大正から昭和にかけて花開いた本の美術

こんにちは、石井です。

新刊書店や古書店に並ぶ様々な表情の書籍。本の顔である装幀=ブックデザイン は、販売促進の手段のひとつであり、読みやすさ、コスト、保存面においても重要な意味と役割を持っています。また、時代背景や技術の進歩とともに本の纏う雰囲気も大きく変化してきました。時代を遡って、ブックデザインから見えてきたもの。それは芸術とデザインの共存でした。

今回は、大正から昭和にかけての近代日本の装幀を振り返ってみましょう。



恩地孝四郎 装本の業

大正末期より昭和初期にかけて起こった大衆文学ブームにより、本は庶民にとって身近な存在になり、出版社は次々と個性的かつ内容にふさわしいデザインの書籍を作りました。まずはそんな時代に活躍した、ひとりの装幀家に着目してみたいと思います。

恩地孝四郎は明治24年に東京に生まれ、その生涯を通し、版画、詩、書籍の装幀、写真などの分野ですぐれた作品を遺しました。本書「装本の業」は、恩地孝四郎の幅広い活動の中から装幀仕事に焦点を絞り、作品を集成したものです。

onchi_06 竹久夢二の「夢二叙情画選集」昭和2年宝文館。クロス装に群青色と白、金が映えます。恩地氏の芸術家としての人生は、竹久夢二との出会いから始まりました。

onchi_07 onchi_08 onchi_10 武者小路実篤をはじめとする白樺派、北原白秋、室生犀星、萩原朔太郎など、作家たちの交友から生まれた初期の装本。全集は総革装に唐草文様の装飾が施された、重厚な作り。

onchi_09 背表紙も重要な部位。タイトルの書体選び、その大きさなど工夫が凝らされています。

onchi_11 onchi_12 onchi_31 onchi_13 onchi_14 点や線による表現には、抽象絵画の先駆者ワシリー・カンディンスキーからの影響が感じ取れます。20世紀初頭に起こったロシア構成主義や表現主義といった西洋諸国の芸術運動。その息遣いをすぐさま取り入れ、自家薬籠中の物とした恩地氏の手腕とセンスに脱帽します。

本は文明の旗だ。その旗は当然美しくあらねばならない 」と語った恩地氏。その仕事は渋くてモダン、手作業の素朴さと洗練された叙情的感覚が共存しています。

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恩地孝四郎 装本の業

編集
恩地邦郎
出版社
三省堂
発行年
1982年
恩地孝四郎の装幀仕事を網羅した1冊、初版。編集は恩地邦郎。これまでに手がけた作品、カタログ、装本の構成についてカラーとモノクロで掲載しているほか、畦地梅太郎、瀬木慎一、外山滋比古らが寄稿。
芸術家として版画や詩作を創作しつつ、デザイナーとして多くの装幀を手がけ続けた恩地氏。芸術とデザインの相互作用によって生まれた独自の装幀論は、1973年に発行された「本の美術」において自身の言葉で語られています。

恩地孝四郎による装本美術論。ブックデザインにまつわる論説や、装本書影を掲載。別冊には植村鷹千代による解説や、恩地孝四郎装本拾遺、恩地孝四郎年譜などを収録。

絵のある本 | 福永武彦

もう1冊は愛書家視点のものをご紹介。小説家であり、詩人、さらには仏文学者でもあった福永武彦の著作「絵のある絵本」です。本書は大正から昭和にかけて出版された文学作品から、美しい挿絵や図案で装飾された珠玉の16冊を選びぬき、カラー図版をまじえながら紹介したエッセイ集。今日では実物を手にできる機会はなかなかないであろう、愛書家垂涎の書籍たちが並びます。

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「独楽が来た」 武井武雄 著者自装 1962年 私家版
童画家、版画家、童話作家の武井武雄が私家版として刊行した50冊目の刊本作品「独楽が来た」。詩情あふれる装幀や挿絵が工芸的な美しさをもっています。

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「犯罪幻想」 江戸川乱歩 装幀・画:棟方志功 1956年 東京創元社
木版画によって本を飾った画家たちのなかでも、一度見たら忘れられない独特で強烈な作風といえば、棟方志功。江戸川乱歩の自選短篇集に、さらなる黒々とした深みをくわえています。

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「動物詩集」 室生犀星 装幀・画:恩地孝四郎 1943年 日本絵雑誌社
詩人・室生犀星の児童詩集「動物詩集」に画を寄せたのは恩地孝四郎。長く交友をもった詩人と装幀家という信頼感ある間柄が、牧歌的な装本にあらわれているかのよう。

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「絵本辰巳巷談」 泉鏡花 装幀:小村雪岱 1920年 春陽堂
6名の明治浮世絵師たちによる木版画を配した装本は小村雪岱によるもの。息のぴったり合った作家と装幀家の共同作業は国内外問わず数あれど、泉鏡花と小村雪岱のタッグはもはや別格といえるのでは。眼福であります。

福永氏は本書に掲載する本を選ぶにあたり、「読むにも宜しく見るにも宜しく、撫でたりさすったりしたいような本」と表現してますが、なんとも良い心地のことばです。

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絵のある本

著者
福永武彦
出版社
文化出版局
発行年
1982年
福永武彦が「絵のある本」16冊について、豊富な図版をまじえ綴ったエッセイ集。500部限定。
上記「絵のある本」で紹介されている武井武雄について少々追記。武井武雄は、当時は軽視されていた子供向けの絵を芸術の域まで高め、さらに素材・挿画・印刷・装幀など書籍を構成するすべての要素を作品と捉える「刊本作品」という新たな領域を生み出しました。発行された刊本は計139作。そのうち98作をアーカイブしたのが「武井武雄作品集 III 刊本作品」です。

武井武雄の刊本作品集。1930年代から1970年代にかけて著者が手がけた書籍の数々をカラーで多数掲載。限定700冊。片面印刷仕様。末尾には本箱デザインまで収録。刊本作品詞文抄付。
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武井刊本は市販されておらず、入手するには固定会員になる必要がありました。が、刊本は300部から500部しか発行されないため、会員になれるのは限られた人数のみ。待機組は我慢会と呼ばれ、粛々と順番待ちをしていたそうです。目録に並ぶ姿はまさに壮観。我慢会に入ってでも入手したい気持ちがよくわかります。

ちなみに武井武雄の刊本作品はノストスブックスにもただいま1冊だけございます。もっと集めたい。

武井武雄のエッセイ集。親類通信の冒頭に掲載されていたエッセイをまとめた1冊。限定350部私刊本。
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出版文化とともに発展した装幀表現。西洋の印刷と製本技術を取り入れ洋装本がつくられ始めた明治期には、小村雪岱や橋口五葉をはじめとする装幀家たちが活躍しました。彼らが手がけた夏目漱石や泉鏡花の文学作品は、すでに精微を極めていたといえます。語り始めるとこれまた果てしなく長くなってしまうので、次の機会に。ではまた。

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ブックディレクター。古本の仕入れ、選書、デザイン、コーディング、コラージュ、裏側でいろいろやるひと。体力がない。最近はキュー◯ーコーワゴールドによって生かされている。ヒップホップ、電子音楽、SF映画、杉浦康平のデザイン、モダニズム建築、歌川国芳の絵など、古さと新しさが混ざりあったものが好き。