今日は5人の画家たちによる静物画をご紹介したいと思います。
静物画は西洋美術におけるプリミティブな写実表現ですが、個人的に静物画と聞いて思い出すのは、以前スタッフ山田がブログで紹介した安西水丸の作品集『on the table』。
人形、りんご、ペンなどがテーブルの上へ無造作に広がったその光景は、安西水丸の生活の一部を覗き見るようでもありながら、自分自身がいつか見たワンシーンを呼び起こすようでもありました。
これからご紹介するのは、磯江毅、ジョルジョ・モランディ、小杉小二郎、長谷川りん二郎、そして今井麗という5人の画家たち。ものが「ただそこに在る」という光景から、彼らはどんな意味を生み出したのでしょうか。
磯江毅:究極のリアリズム
一人目は徹底したリアリズムを追求した画家、磯江毅。
手を伸ばせばいまにも触れられるのではないかと思うほど、描かれたものの質感と存在感は本物そのもの。
食べかけのパンからは、ちぎるときにギュッとかけた握力の強さ、その瞬間白い粉が宙に舞った様子まで想像できます。
19歳の頃にスペインに渡ると、現地の芸術運動やリアリズムに傾倒した磯江氏。氏いわく、「自分の問題として進化させてゆくことができない限り、『本当の写実表現=普遍性を持った絵画』とはいえない」、と。
「見たものをそっくりに描く」というシンプルな手法だからこそ、さらなる開拓心と時代への問題意識を持たねば意味がないと考えていたのです。
理想化、曖昧さ、矛盾などといったものが一切排除された、ストイックなまでのリアル。その中には誰もが逃れることのできない「死」という運命さえも、目を逸らすことなく描かれています。
磯江氏の描く作品は、制作のために用意された即席の風景には到底思えないのです。テーブルの上へものが置かれてから流れた時間も、漂う空気も、その場所に確かにあったリアルがすべて閉じ込められている気がする。
手を伸ばせばいまにも触れられるのではないかと思うほど、描かれたものの質感と存在感は本物そのもの。
食べかけのパンからは、ちぎるときにギュッとかけた握力の強さ、その瞬間白い粉が宙に舞った様子まで想像できます。
19歳の頃にスペインに渡ると、現地の芸術運動やリアリズムに傾倒した磯江氏。氏いわく、「自分の問題として進化させてゆくことができない限り、『本当の写実表現=普遍性を持った絵画』とはいえない」、と。
「見たものをそっくりに描く」というシンプルな手法だからこそ、さらなる開拓心と時代への問題意識を持たねば意味がないと考えていたのです。
理想化、曖昧さ、矛盾などといったものが一切排除された、ストイックなまでのリアル。その中には誰もが逃れることのできない「死」という運命さえも、目を逸らすことなく描かれています。
磯江氏の描く作品は、制作のために用意された即席の風景には到底思えないのです。テーブルの上へものが置かれてから流れた時間も、漂う空気も、その場所に確かにあったリアルがすべて閉じ込められている気がする。
磯江毅 写実考 1974-2007
- 編集
- 田中為芳
- 出版社
- 美術出版社
- 発行年
- 2011年
徹底した写実表現で知られ、現代リアリズムの旗手としてヨーロッパ各地で高く評価を受ける氏のペインティング、ドローイング作品を多数収録。
ジョルジョ・モランディ:愛した光景に人生を捧げた画家
2人目はイタリアの画家、ジョルジョ・モランディ。氏の描く作品は磯江氏とはまた異なるストイックさで有名です。その理由は、自身の画家人生を、卓上静物画と風景画という限られたテーマに捧げたから。
繰り返し描かれる瓶、水差し、オブジェ。落ち着いた色彩と筆の跡を活かしたタッチは、実際の瓶のツルツルとした質感やくっきりとしたフォルムを曖昧にしていきます。
そしてなんとモランディは自身の理想とする作品へのこだわりから、モチーフに自ら着色したり、活ける花には造花を選んでいたというエピソードも。うーん、どこまでも我が道を行くモランディ。
限定されたモチーフを、水彩画やエッチングなどといった技法を用いて多彩に表現した、そのバリエーションも見どころです。
繰り返し描かれる瓶、水差し、オブジェ。落ち着いた色彩と筆の跡を活かしたタッチは、実際の瓶のツルツルとした質感やくっきりとしたフォルムを曖昧にしていきます。
そしてなんとモランディは自身の理想とする作品へのこだわりから、モチーフに自ら着色したり、活ける花には造花を選んでいたというエピソードも。うーん、どこまでも我が道を行くモランディ。
限定されたモチーフを、水彩画やエッチングなどといった技法を用いて多彩に表現した、そのバリエーションも見どころです。
Giorgio Morandi: Paintings, Watercolours, Drawings, Etchings
- 編集
- Ernst-Gerhard Guse、Franz Armin Morat
- 出版社
- Prestel
- 発行年
- 2008年
光と形の美しさを捉えた作品の数々を、油絵、水彩画、ドローイング、エッチングのジャンルごとに掲載。
小杉小二郎:幻想世界へのショートトリップ
さて、お次の画家は小杉小二郎。
氏の描くテーブルには瓶をはじめ、食べ物、人形、本、オブジェなど様々なものが並んでいるのですが、そのどれにも現実味がないのです。
見ていないところで本当にダンスを楽しんでいそうな人型のオブジェ。すぐ窓の外に見える景色すら、どこか遠い世界のようにも見える。
中途半端に開けられた引き出しと、その中身。そんな描写には、「だれが」「いつ」といったストーリー性も勝手に想像させる魔力があるのです。この時計とか世界の時を止めてそう。
ずっと夢の中にいるような、はたまた別次元に存在する異世界に迷い込んだような、幻想へのショートトリップ。テーブルの上を入り口に、幻想的な小杉小二郎ワールドへ足を踏み入れてみてはいかがでしょうか。
氏の描くテーブルには瓶をはじめ、食べ物、人形、本、オブジェなど様々なものが並んでいるのですが、そのどれにも現実味がないのです。
見ていないところで本当にダンスを楽しんでいそうな人型のオブジェ。すぐ窓の外に見える景色すら、どこか遠い世界のようにも見える。
中途半端に開けられた引き出しと、その中身。そんな描写には、「だれが」「いつ」といったストーリー性も勝手に想像させる魔力があるのです。この時計とか世界の時を止めてそう。
ずっと夢の中にいるような、はたまた別次元に存在する異世界に迷い込んだような、幻想へのショートトリップ。テーブルの上を入り口に、幻想的な小杉小二郎ワールドへ足を踏み入れてみてはいかがでしょうか。
小杉小二郎画集
- 著者
- 小杉小二郎
- 出版社
- 求龍堂
- 発行年
- 1986年
テーブルの上の静物や人形、風景を題材にした幻想的なペインティング作品をカラーで多数収録。自身のエッセイ、辻邦生の寄稿を収録。
長谷川りん二郎:眼の前の美しさを丁寧に見つめる
そして4人目は、長谷川りん二郎。この作品集で初めて知って、大好きになった画家です。
長谷川氏の描く静物画は、豊かな色彩と瑞々しさに溢れ、冒頭でも述べた安西水丸のそれを彷彿とさせます。氏の日常の一端を垣間見る、というか。
氏の作品を見て最初に抱いた感想は、本当に単純なんですが、「あぁ、美しい光景だなぁ」ということ。
茶碗と右の碗に映る人影は、長谷川氏自身の姿でしょうか。氏もこれから始まる食事の支度を、「美しいな」と思いながら眺めていたのかな。
無造作に置かれた果物や、煙草の箱、花瓶などといったモチーフからは、長谷川氏自身がそれらに注いでいた優しい眼差しを感じざるをえません。何気なく目に映るもの、ただそこにあるもの。日々の中には、まるで生まれたての赤子がはじめて眼を開けたときのような、純真無垢な感動が静かに横たわっているのです。
少しテーブルの上の静物画からはそれますが、長谷川氏はひとつひとつの作品制作にとても時間をかけたことでも知られています。
愛猫・タローが布の上で気持ちよさそうに横になった姿を描いた、こちらの作品は有名。猫はもちろん生き物なので、そうそう思うようなポーズを取ってはくれません。最初こそタローの体を触って最初に描いた時と同じポーズをしてもらおうと試みますが、ついに諦めてこう悟ります。
自然の法則に抗わず、眼の前にただ在るその光景を丁寧に見つめる。自らモチーフを理想像に近づけようと試みたモランディとの違いが面白いですね。もちろんどちらが良いというのではなく、作家の思考が、描き方ひとつとっても如実に現れるのが、静物画の面白いところかも。
長谷川氏の描く静物画は、豊かな色彩と瑞々しさに溢れ、冒頭でも述べた安西水丸のそれを彷彿とさせます。氏の日常の一端を垣間見る、というか。
氏の作品を見て最初に抱いた感想は、本当に単純なんですが、「あぁ、美しい光景だなぁ」ということ。
茶碗と右の碗に映る人影は、長谷川氏自身の姿でしょうか。氏もこれから始まる食事の支度を、「美しいな」と思いながら眺めていたのかな。
なにより大切なものは「感動」である。 要するに私の画家の定義は、画を描く人と言うよりも、 絶えず外部に感動を見出し、絶えず自然を万物を賛美し、 感動の生活をおくる人、である
無造作に置かれた果物や、煙草の箱、花瓶などといったモチーフからは、長谷川氏自身がそれらに注いでいた優しい眼差しを感じざるをえません。何気なく目に映るもの、ただそこにあるもの。日々の中には、まるで生まれたての赤子がはじめて眼を開けたときのような、純真無垢な感動が静かに横たわっているのです。
少しテーブルの上の静物画からはそれますが、長谷川氏はひとつひとつの作品制作にとても時間をかけたことでも知られています。
愛猫・タローが布の上で気持ちよさそうに横になった姿を描いた、こちらの作品は有名。猫はもちろん生き物なので、そうそう思うようなポーズを取ってはくれません。最初こそタローの体を触って最初に描いた時と同じポーズをしてもらおうと試みますが、ついに諦めてこう悟ります。
猫は寒くなれば丸くなり、暑くなれば長々と身体をのばす。そしてこの画を描き出した九月の気候だけが、タローにこのポーズをとらせると言う事が判った。これから日増しに寒くなる。この画を続けて描くのは、来年の九月まで待たなくてはならない。私はカンバスを戸棚の奥に仕舞い込んだ。
自然の法則に抗わず、眼の前にただ在るその光景を丁寧に見つめる。自らモチーフを理想像に近づけようと試みたモランディとの違いが面白いですね。もちろんどちらが良いというのではなく、作家の思考が、描き方ひとつとっても如実に現れるのが、静物画の面白いところかも。
長谷川りん二郎画文集 静かな奇譚
- 著者
- 長谷川りん二郎
- 出版社
- 求龍堂
- 発行年
- 2010年
日本画家、長谷川りん二郎のペインティング作品をカラーで多数収録。代表作である猫の絵のほか、花や果物の静物画、風景画、エッセイなどを収録。
今井麗:テーブルの上から広がる幸せな生活
今井氏の描く静物画は、テーブルに置かれたモチーフが主人公ではないような気がするのです。きちんと手入れされ元気に葉を伸ばす植物や、子供が喜びそうなおもちゃたちから漂うのは、ほんのり甘い、しあわせな生活の香り。
俯瞰の角度から描かれた作品も多く、実際にお子さんをもつ今井氏の視点で部屋を眺めている感覚になります。テーブルの脇に置かれた観葉植物や、椅子に座ったぬいぐるみも視界に参加して、テーブルを含む部屋全体のイメージが浮かび上がるのです。
明るい光に包まれて、柔らかな影をつくつる白いテーブルクロスも美しく、飲みかけのグラスすら愛おしい。テーブルの上に、こんな優しい時間が流れるなんて知らなかった。
【新刊/サイン入】今井麗 gathering
- 著者
- 今井麗
- 出版社
- baci
- 発行年
- 2018年
自身で選んだペインティング作品37点をカラーで収録。装丁はアートユニット「guse ars」としても活動する村橋貴博。印刷は山田写真製版所。
さて、目の前の散らかったテーブルの上を片付けなくては。これじゃ見えてくるものも見えてこないので。
それでは、また。