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巨大建築へ愛を込めて。写真集で見る世界の建造物
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巨大建築へ愛を込めて。写真集で見る世界の建造物

こんにちは、石井です。

新旧の建築物が共存する都市空間を眺めるのが好きです。建築の専門的知識はまったくないにもかかわらず、どうして惹かれるのでしょう。それはガンダムにはじまり、パトレイバー、AKIRA、ブレードランナー、エヴァンゲリオン、マトリックス、攻殻機動隊など、近未来都市を舞台にしたアニメや映画にどっぷり浸かって育ったからにちがいない、と勝手に思っています。想像の近未来と現実が重なって見えたとき、胸が踊るのです、きっと。

さて、そんな個人的趣向は置いておくとして、集合住宅、研究施設、工場などの大型建造物になぜだかググっと惹きつけられることはありませんか?さらにそれらが朽ち果て廃墟としてたたずむ様に、心がときめいてしまったり。

本日はそんな習性をもつ、大型建築物愛好家のみなさまへおすすめの写真集をご紹介します。



アンドレアス・グルスキー | Andreas Gursky

const_15 まずは、現代社会を壮大な視野で捉えた作品を次々と発表し、世界的に高い評価を得る写真家アンドレアス・グルスキーの展示図録「Andreas Gursky」から。「絵画のような写真」あるいは「写真を使った絵画」と評され、幅5メートルを越す巨大な作品群は、遥か彼方から対象を俯瞰する圧倒的なスケールと微視的表現をあわせもち、鑑賞者を引き込みます。

const_11 個の集合体として捉えられたアパートメント。ミクロとマクロが共存し、生み出した幾何学的な構図。モンドリアンの描く抽象画のようでもあります。グルスキーの作品はデジタル加工技術を駆使して制作されており、この作品も実は2枚の画像をモンタージュしたもの。まさに写真を超えた写真ですね。

const_12 const_13 規則的に並び、光り輝く光電管。SF映画のワンシーンのようなこちらの風景は、スーパーカミオカンデの内部。スーパーカミオカンデは岐阜県に設営されているニュートリノという素粒子を観測・研究している施設です。グルスキー的な視覚世界においては、研究施設というより、最先端科学の粋をあつめて建造された神殿といった様相。

const_16 大聖堂。畏怖や崇高の感覚をおぼえます。

const_14 通勤する人びとが行き交うターミナル駅もスケールが変わると、オペラ座のような表情に。

const_17 グルスキーが好むモチーフは、建築物や自然の造形のほかにも、農場やスーパーマーケット、群衆などさまざま。

const_18 初期の代表的な作品、東京証券取引所。絵画的コンポジションを好むところは一貫しています。

グルスキーの広い画角で全方位性を有する構図、高精細な画質は展示で体感するのが理想的ではあるものの、ファンなら手元に置いてその作品をじっくり眺めたいところですね。

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Andreas Gursky

編集
読売新聞東京本社文化事業部 ほか
出版社
読売新聞東京本社
発行年
2013年
東京と大阪で開催された国内初のアンドレアス・グルスキー展図録。グルスキー本人が監修し、初期の作品から代表作、最新の作品まで65点の作品を編纂して収録。
展示図録だけでなく、大判作品集もございますので、併せてご覧ください。

アンドレアス・グルスキーの写真集。島や山岳のほか、オフィスや工場、証券取引所などをパノラミックに捉えた作品をカラーで多数掲載。
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アンドレアス・グルスキーの写真集。山岳や牧場、ゴミの山などをパノラミックに捉えた作品をカラーで掲載。
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ゲオルク・エルニ | Site & Signs

const_19 こちらは建築家としての教育を受けた写真家、ゲオルク・エルニの写真集「Site & Signs」より。本書にはパリ、バルセロナ、香港、東京、ムンバイなど世界中で撮影された建築写真、アルプスの大自然、ヨーロッパのさまざまな動物園の施設写真などが系統ごとにまとめられています。

const_20 const_21 バルセロナの交差点に面する角地に建てられた建築物シリーズ。年季の入ったクラシックアパートメント、モダニズム建築のオフィスビルなど、個性的な顔が並びます。

const_22 const_23 const_24 もはや遺跡のように熟成しつつある雰囲気を醸し出すムンバイの集合住宅。と、もとは歩道橋であったであろう、謎の階段。見知らぬ土地で奇妙でユーモラスな建造物に出会ったとき、思わずシャッターを切ってしまう気持ちには共感を覚えます。

const_25 const_26 長時間露光で撮影された香港の集合住宅。建築物を俯瞰する客観的で冷静な視点と、人びとの生活をみつめる暖かい視点が交差します。

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Site & Signs

著者
Georg Aerni
出版社
Scheidegger and Spiess
発行年
2011年
ゲオルク・エルニの写真集。公共施設や巨大集合住宅などの建築と、岩山や地層などの自然をカラーで掲載。
人間と建築・都市、環境で構成される静謐な瞬間を記録した阿佐見昭彦の写真集「光の儀式 II 1995 YUKIZURI」もおすすめです。

多彩な分野で活躍する阿佐見昭彦の私家版写真集。1985年から1994年の間に世界各地で撮影されたモノクロ写真を多数収録。
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City of Darkness: Life in Kowloon Walled City

const_27 香港の集合住宅と聞いて、九龍城を思い浮かべるかたも多いのではないでしょうか。九龍城は第二次世界大戦で行き場を失った難民たちが作り上げた、アジア屈指のスラム街です。90年代中頃に解体されたのちも伝説として語り継がれている、まさにキング・オブ・カオス建築。

本書「City of Darkness: Life in Kowloon Walled City」は、かつての活気あふれる九龍城を多角的な視野で観察し、ディテールまでをも切り取った貴重な記録写真集です。

const_28 const_30 建築基準法なんて知ったこっちゃない、とばかりに増築に増築を重ねています。棟の境目は埋められ、各階の高さは異なり、電気や上下水道管は無計画に張り巡らされ、迷宮のような異様な外観を作り出しました。ものすごいエネルギーです。

const_29 const_31 そうそう、この雰囲気。たまらなく魅力的です。暗く怪しげで混沌としたエキゾチックな空間は、世界中の映像作家やゲームクリエイターに無限のインスピレーションを与えました。

const_32 const_33 const_34 政府の目も届かず麻薬売買や賭博などが横行していたため、魔窟のようなイメージが先行しがちな九龍城。ですが、アナーキーながらも独自のコミュニティを築き上げ、人びとの生活の場として機能していました。人口はおよそ35,000人。内部には市場、食堂、病院、工場、教会、学校だってなんだってあります。

const_35 屋上のアンテナ畑はもはや前衛アート。

const_36 思わずグルスキーに撮影してほしくなる、見事なレイヤー構造の九龍城全景。

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City of Darkness: Life in Kowloon Walled City

著者
Greg Girard
出版社
Watermark
発行年
1993年
かつて香港にそびえ立ち、35,000人の人びとが暮らしていたと言われる東アジア最大のスラム、九龍城の記録写真集。

店舗のみで販売しています。
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地域にフォーカスしたドキュメンタリーとしての写真集では、ジョナス・ベンディクセンの「Satellites」もおすすめです。ベンディクセンは、東ヨーロッパから中央アジア、コーカサス、シベリアを旅しながら出会った風景、廃工場、集合住宅、人びとの暮らしなどを記録しました。町はずれに放置された衛星の残骸は、ソ連崩壊後、時代に取り残された街を象徴しているかのよう。

ノルウェーの写真家、ジョナス・ベンディクセンの写真集。ソビエト連邦崩壊から約10年後、5年の月日をかけて撮影したソ連の名残とソユーズの残骸をカラーで収録。
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ベッヒャー夫妻 | Basic Forms of Industrial Buildings

const_37 最後は大御所です。ベルントとヒラのベッヒャー夫妻による写真集「Basic Forms of Industrial Buildings」。夫妻は1950年代後半から、溶鉱炉、給水塔、ガスタンクなど近代化の中で作り出された産業建築物を被写体とし、同類の被写体を決められた形で撮り集め、タイポロジー(類型学)と呼ばれる形式を提示しました。社会批評的な意図も込めながら「無名の彫刻」と位置づけた近代社会の遺産を、彼らはシャープなモノクロ写真で記録。その徹底した主観性の排除を基盤としたスタイルは、コンセプチュアル・アートとして多くの人の心を掴んだのです。

const_38 const_39 const_40 const_41 const_42 なんだか、肖像写真のようにも見えてきますね。

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Basic Forms of Industrial Buildings

著者
Bernd Becher、Hilla Becher
出版社
Thames & Hudson
発行年
2005年
ドイツのベルント・ベッヒャー、ヒラ・ベッヒャー夫妻による工業用建造物の写真集。
ベッヒャー夫妻と直接的な関連はないものの、現代日本でタイポロジー的な視点で都市を観察し、トマソンという定義付けをしたのは赤瀬川原平らでした。トマソンとは、不動産に属しながらも用途が不明、またはまるで役に立たない、なのに抜群の存在感を放つモノたちのこと。街角に佇む無用の長物たちを芸術を超えた芸術、すなわち超芸術とみなし、収集した画像をまとめたのが「正体不明」シリーズです。

路上観察人・赤瀬川原平によるフォトエッセイ。“物件リスト”には、「稲妻を食べた戸袋」、「植物ワイパー」シリーズ、「ライカM3に緊張するスニーカー」などユニークな写真タイトルが並ぶ。
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路上観察が趣味の赤瀬川原平が、イギリスを歩きながら撮影したスナップをカラーで多数掲載。また、併せて綴られた探検記も収録。
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味のある大型建造物は写真集のなかだけでなく、意外と近くにもあるはず。

たとえば世田谷周辺ですと、駒沢給水所。双子のように並び立つ2基のクラシックな給水塔は、住宅地で異彩を放っています。そして一押しは世田谷区民会館と区役所!ずっしり力強くモダンな佇まい。かっこいいなあと思っていたら、前川國男の設計でした。駒沢給水所は少し距離が離れていますが、区民会館と区役所はノストスブックスからすぐの距離なので、ぜひお散歩してみてください。

建造物ではありませんが、大型クレーンなどの重機が何機も稼働する渋谷駅前の再開発工事現場は通りかかるたびにドキワクします。浪漫です。

みなさまのおすすめ建築もぜひ教えてくださいね。



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ブックディレクター。古本の仕入れ、選書、デザイン、コーディング、コラージュ、裏側でいろいろやるひと。体力がない。最近はキュー◯ーコーワゴールドによって生かされている。ヒップホップ、電子音楽、SF映画、杉浦康平のデザイン、モダニズム建築、歌川国芳の絵など、古さと新しさが混ざりあったものが好き。