三島由紀夫といえば、「豊饒の海」四部作や「金閣寺」、そして「潮騒」など、純文学をご存じの方は多いかと思いますが、若い読者に向けて綴られたエッセイも実は名文揃い。行動に迷いが生じたり、なにやら心がモヤモヤするときは、文豪のことばに背を押してもらうのも一手。詭弁と説得の狭間をユーモアで行き来する、三島由紀夫の奇天烈な傑作エッセイをぜひ味わってみてください。
平和主義的偽善を打破するには
だんだん僕も大人になったら、大人に対する八方美人的外交はやめにしよう。
それは損なだけで、こちらを安っぽくするだけだ。
特権を与えてもらったという錯覚を、相手に抱かさねばならん。
そのためには、丈夫な柵を僕のまわりに張りめぐらし、
合法的に柵の中へ入ってきた人間にだけ、笑顔を見せてやる。
それもとろけるような笑顔をみせてやるのだ。
― 「サーヴィス精神」より
不道徳をもって善を成す、とでもいえる趣旨のエッセイ集「不道徳教育講座」。「人に迷惑をかけて死ぬべし」「友人を裏切るべし」「童貞は一刻も早く捨てよ」「罪は人になすりつけるべし」「痴漢を歓迎すべし」「人のふり見てわがふり直すな」「恋人を交換すべし」「人の失敗を笑うべし」等々、一見すると社会的に駄目な人間が自己正当化のために並べたようなトピックが続いていますが、いざ読んでみると、これが面白い。逆説とユーモアをもって、世間に蔓延る腐った偽善をバッタバッタと切り倒してゆきます。モヤッた心が晴れる1冊!
チャーミングなメールをしたためるには
今、台所でお芋が煮えるのを待つあいだ、いそいでこのお返事を書いています。あなたのお手紙はうれしくて何度も読みかえしました。私は台所の囚人です。そこであなたの手紙は読みかえすごとにソースの匂いがしみこんで、ますますおいしいご馳走になりました。あ、お芋が煮えた。ごめんなさい。私はガス台まで走り寄ります。
― 「英文の手紙を書くコツ」例文より
本書「三島由紀夫レター教室」は、5人の登場人物の文通内容だけで展開する異色の手紙指南書。各々の章が「古風なラブレター」「借金の申し込み」「処女でないことを打ちあける手紙」「余計なお世話をやいた手紙」「家庭のゴタゴタをこぼす手紙」など様々な状況での文例集となっているユーモラスな作品。クセのある登場人物とその手紙の内容がなんとも魅力的です。最終章には、人の心をゆさぶる手紙の書き方をまじめにレクチャーする「作者から読者への手紙」も収録。手書きの手紙でも、スマホでやりとりするメールでもLINEでも、スマートかつ心をこめて交わしあいたいものですね。
不まじめで良心的に生きるには
私は「私の鼻は大きくて魅力的でしょ」などと頑張っている女の子より、美の規格を外れた鼻に絶望して、人生を呪っている女の子のほうを愛します。それが「生きている」ということだからです。だって、死ねばガイコツに鼻の大小高低など問題ではなく、ガイコツはみんな同じで、それこそ個性のおわりですからね。
― 「個性のおわり」より
若い読者の為に書いたエッセイを編纂した「行動学入門」は、ときにまじめに、ときに不まじめに本音を語るエッセイ集。「行動学入門」「おわりの美学」「革命哲学としての陽明学」を収録。氏曰く「まじめで非良心的という思想にだけは陥りたくない」とのこと。不まじめで良心的、くらいがちょうど良い塩梅みたいですよ。