小学生のころとにかく絵が上手くなりたくて、自分の手を色んな角度で眺めながら何度も練習をしていました。あのときはただ、”より上手に描くためには、見たままを写し取れるようにならなくちゃ”としか考えていなかったなぁ。
実際「写生」とは本来、実物・実景を見てありのままに写し取ること。ですが、杉浦非水が重要視したのは絵を上手く描く能力そのものではなく、広い視野で物事を捉えるための眼を養うことでした。
1897年に上京し東京美術学校日本画科専科へ進学した際、非水は日本画の教え方に疑問と不満を抱いたそう。なぜなら当時の日本画教育といえば、古画や絵手本の模写を中心としたものだったから。
あくまで実物と真摯に向き合い、その本質を自身のちからで汲み取ることにこだわった非水は、春夏秋冬の草花や鳥獣画などといった美しい写生画を多数残しました。
枝についたそれぞれの蕾の膨らみや、僅かな色の変化まで丹念に描かれた葉先からは、非水の細やかな性格と鋭い観察力がうかがえます。
そして植物と比べれば数こそ少ないですが、動物も非水にとって大切なモデルでした。
カメラ好きでもあった非水は大学近くにあった動物園に通っては撮影をして、コマ撮りした写真を写生の材料として用いていたそうですよ。ささいな仕草や、羽の生え変わり、ときには臭いといった絵に直結しない特徴まで記録に残していたとか。
見えない部分を想像力だけで補おうとせずとことん向き合う、それってとても描く対象に敬意を込めた謙虚な姿勢だと思うんです。杉浦非水のかっこよさに改めて心を掴まれたと同時に、写生画ってこんなにおもしろいんだと気づかせてくれた一冊です。