お話を伺うと、独学でイラストを学び、介護士や保育士を経て、今年の4月にイラストレーターとして独立したのだそう。異色の経歴を持つことになった経緯や、本展に込めた想いなどを伺いました。
子どもが見て、表現する世界を知りたい
――男性の保育士さんも珍しくなくなってきましたが、まだ割合としては少ないですよね。もともと子どもがお好きだったんですか?もちろん好きなんですけど、子どもの考え方や、大人とは違う角度で物事を見ていることがおもしろいと思っていて。中学校1年生くらいのときに読んだ灰谷健次郎さんの「太陽の子」と「兎の瞳」で、描写されていた「子どもの目線」が新鮮だったんです。そういう感覚や感性を自分も感じてみたいなと思って、その頃から保育士を目指すようになっていました。
――保育士の前には、障害者施設で介護のお仕事もされていたんですね。
はい。大学でも保育を専攻していていたんですが、実習では保育園・幼稚園・障害者施設を回るんですよ。最初に入った施設は、想像を遥かに超える世界でした。発作がすぐに起こるような、生と死の隣合わせで生きている人たちがいることを知って、興味が湧いてきたんです。当時の所長さんにその気持ちを話したら、「またあとで保育の道に戻っても大丈夫だから、とりあえずうちで1年やってみない?」と誘われて。その経験で、知的障害を持った方への考え方もちょっと変わってきました。
――実際にはどう変わったんですか?
遠いと思っていたのが、近くに感じたんですよね。ふつう、障害を持っている方に対しては、何をしでかすかわからないから距離を取ろうとしてしまう人が多いと思うんですけど、それは知識がないだけで。対応が分かっていると、「もしかして、こういうことを考えているのかな?」ってイメージができるから、距離も縮まってくる。とはいえ、全部分かるようになるわけではないんですけど、シャットダウンしないで接してみると、個性として興味が持てるようになってきて。その1年は実りが多かったですね。保育園に移ってからも、施設時代の所長さんとは交流が続いて、ボランティアで年に数回はお手伝いさせてもらってました。本当は、一緒に遊んでいただけなんですけどね(笑)。
みんなと楽しい時間を過ごすための「イラスト」
――小さな頃から本もお好きだったんですね。授業が嫌いだったから、授業を受けるくらいなら本を読んでようって思って、図書室でよく借りてましたね(笑)。
――イラストを描くきっかけも本にあったんですか?
描くと言えるほどのことでもないんですが、高校生のときに松本大洋さんの「鉄コン筋クリート」や「ピンポン」にハマって。あのタッチが好きで、画集を買っては模写してました。それに、高校でも授業が嫌いだったから、先生の顔を描いては友達にチラチラ見せたり(笑)。
――友達と楽しいことを共有するツールとして「描くこと」をしていたんですね。オリジナルで絵を描くようになったのは、保育士になってから?
そうですね、新卒で施設で1年働いた後だから、23、4歳くらいかな。保育園で子どもに絵本を読み聞かせていたら、自分自身が絵本に興味を持つようになって。季節やその子の年齢に合わせていろんな絵本があって、「この1年間はこんなテーマを伝えよう」とか考えるんです。家から持ってきたり、買ったりしていくうちに、自分でも絵本を描きたいなって思い始めて、ちょこちょこ絵を描き始めました。
――ちなみに、読み聞かせていたのはどんな本だったんですか?やっぱり、レオ・レオニとか、エリック・カールみたいな代表的なもの?
最初はその辺りの、「こういうことが生きていて大切なんだよ」ってメッセージ性の高いものが多かったです。でもそのうち、大人にはよく分からなくても、なぜか子どもが笑う本とかを見つけて、それがだんだん好きになってきて。
――あ、どんどん子どもの感覚に近づいてきていますね。
確かに(笑)。もちろんメッセージ性の高い絵本も好きなんですけど、単純に子どもの感覚でおもしろいと思ってもらえる絵本が描きたいなって思って。絵も描きつつ、仕事中に子どもが言った言葉で、絵本づくりで使えそうなものをメモしていました。
――5、6年前だと、まだインスタグラムはこの世に生まれてないですよね。描きためたものはどうしていたんですか?
特にどこかに投稿はしていませんでした。園の大きなホワイトボードに即興でアンパンマンを描くとか、子どもを楽しませる一つの手段として描いていたくらい。保育士って、子どもの興味を引くためにあの手この手を使うんですよ。他の保育士さんもレパートリーが豊富で、絵を描くのはもちろん、歌を歌ったり、手遊びをしたり。みんな何かしら「技」を持っていて、僕の場合は絵だった。アンパンマンとバイキンマンをホワイトボードで戦わせたり、ケーキのえかき歌で、誕生日の子を祝ってあげたり。そうやって保育の中でイラストを使うようになって、自分の保育のカラーとして、身につけていきました。
――そしてインスタグラムが出てくると。最初のほうの投稿は、インテリアが多めですね。
インテリアがすごく好きで、最初は部屋の写真をポストしながら、たまに絵日記的にイラストを入れていました。続けていくうちに反響も出てきて、「絵を描いてほしい」って声をかけられるようになって。最初はちょこちょこだったんですけど、一昨年には徐々に仕事をが増えてきて。この仕事をしてると、いろんな人に会えることに気づいたんです。保育園では、全てが「保育」なんですよ。保育を突き詰めるとどんどん深くなっていって、内に内にと勉強していくことが多くて。それよりも、もっと広く物事を知りたいなって思い始めたんです。
それでよく考えたら、絵が描けることはどこでも使えるなって。保育園だけじゃなく、本屋さんでもこうやって展示ができたわけだし、カフェでも、アパレルでも、そのお店に合った絵を描けばいろんな人や場所と繋がれる。自分の持っている武器のなかで、絵だったらどこにでも行けるんじゃないかって。自分のすごく絵がうまいとは全く思ってないんですよ。人に会うための手段として使えるなってくらい。でも、ありがたいことに仕事も増えてきたから、もっと精力的にいろんなところに行ける時間を作ろうと思って、2016年の4月で保育園を退社して、イラストレーターとして独立しました。
自分だけじゃなく、誰かと一緒にできた作品
――今回展示されているもののインスピレーションは、すべて誰かとのやり取りから始まったものということですか?ほとんどそうですね。例えば、スケボーのシリーズは、美容師さんと「最近ぽっちゃりしてきたから運動がてらにスケボーやろう」って話して、やってるうちに「スケボーをテーマにしてみようかな」って。でも、僕1人で描いているというより、誰かと一緒に作品を作っている感覚だし、これからもそうしたい。植物を描いた「BANAKEN」シリーズだって、そうやってできたものなんですよ。それに、1人の作品じゃないからいろんな人が興味を持ってくれるんだと思います。
――アートは自分の世界を作っていくようなイメージがありますけど、イラストは外への広がりがあるというか。
そうそう。自分と向き合うのも苦手ですしね(笑)。
――えっ!あれだけ細かい点を打ってるときは、自分と向き合ってるじゃないですか(笑)。
いつも「早く終わりたい」って思いながらやってますよ(笑)。でも、あれが自分のイラストのカラーなんです。今っぽい、シンプルでバランスのいい線のイラストを描くよりも、面倒なくらい複雑な絵を描くほうが自分らしい。描いている「子ども」や「植物」というモチーフも、すごい気持ちを込めて育てないといけないものだから、さらっと描くよりも、手間ひまをかけて育てていることもイラストに乗せたくて。「Heavens but Happy」というテーマは、今回の展示だけじゃなく、僕のイラストそのもののテーマでもあるんです。
これからは、自分が繋げて広げる役割に
――イラスト以外でも、普段からいろんなことに手間をかけるんですか?例えば、コーヒーをハンドドリップで入れるとか。いや、無印のコーヒーメーカーが毎日頑張ってくれてます(笑)。でも、インテリアが好きだから、部屋の整頓や掃除はわりとこまめにしますね。集中力のスイッチが入るまで、ひたすらクイックルワイパーかけたりとか(笑)。
――クイックルワイパー(笑)。
でも、そうやって手入れした部屋の写真をインスタグラムにアップしていると、インテリアの取材のお話をいただくこともあるんです。インテリアに興味を持ってもらったことで、イラストを知ってもらったり、子どもに携わることも窓口になったり。どこでもいいから、僕に興味を持ってくれて、いろんな方と繋がれたら嬉しいですね。前職も趣味も強みにしたイラストレーターになれたらいいかな。まあ、一生イラストレーターじゃなくてもいいんですけど。
――イラストはきっかけの一つとして。
そうですね、保育とも繋がっていたいし。保育士って、本当はすごいんですよ。さっき話したように、いろんな「技」を持っているから、それをもっと外に発信したほうがいいと思うんですよね。制作のワークショップを開くとか、朝の会をカフェでやるとか。保育だけやってても繋がれない人に、今度は僕が繋げたり、広げたりする役割になれたらいいなって。
――これからのことを聞かせてください。
最終的にはカフェか何かのお店を開きたいと思っています。自分の感覚で選んだものとか、一緒にお仕事した方のものを置いて。あと、この仕事をやり始めて思ったのが、出したくても出せない人がいるってことなんです。作っているものは素晴らしいのに、埋もれてしまっている人やものが意外とあるんだなって。それを世に出すお手伝いがしたいです。SNSもあるし、方法はいろいろあるはずだから。
――空間づくりに繋がっていくわけですね。インテリアの趣味も生きてきそう。当初の目標だった絵本はこれから作っていくんですか?
今もちょこちょこと作ってますね。来年で完成させて、作ったものをいろんな人に見せて、また繋がりを広げていきたいと思っています。
――保育園にも置いてもらえたらいいですね。
そうですね。実際に読み聞かせして、子どもの反応を教えてもらって、またアップデートしてもっと子どもに喜んでもらえるような絵本を作っていきたいですね。ありがたいことに、そういうことをさせてもらえる環境はあるので。それに、1人ではなくて、みんなと協力して作りたい。すごく才能があって、誰にも描けない絵が描けるんだったら、1人で篭って描きますけど、そういうのじゃなくて一緒に作りたいし、誰かと一緒に作れることが僕のカラーだと思っているので。
bananayamamoto個展「heavens but happy」
DATE:
2016年9月3日(土)ー 9月18日(日)
2016年9月4日(日)12:00〜 ライブペインティング
※「BANAKEN」シリーズのイラストは9月10日(土)からの展示となります。
PROFILE:
bananayamamoto バナナヤマモト
知的障害者施設に1年勤めた後、保育士へ。そこで絵本の魅力を知り、自分でも絵本を描きたいと思い絵を描き始める。描いたイラストをインスタグラムにあげていたところ、ウェルカムボードや似顔絵、カフェなどのロゴマークの依頼がくるようになり、2016年4月に5年間勤めた保育園を退社。現在はイラストレーター・デザイナーとしてフリーで活動中。
https://www.instagram.com/bananayamamoto/
nostos books
東京都世田谷区世田谷4-2-12
12:00~20:00 水曜定休
03-5799-7982
http://nostos.jp
DATE:
2016年9月3日(土)ー 9月18日(日)
2016年9月4日(日)12:00〜 ライブペインティング
※「BANAKEN」シリーズのイラストは9月10日(土)からの展示となります。
PROFILE:
bananayamamoto バナナヤマモト
知的障害者施設に1年勤めた後、保育士へ。そこで絵本の魅力を知り、自分でも絵本を描きたいと思い絵を描き始める。描いたイラストをインスタグラムにあげていたところ、ウェルカムボードや似顔絵、カフェなどのロゴマークの依頼がくるようになり、2016年4月に5年間勤めた保育園を退社。現在はイラストレーター・デザイナーとしてフリーで活動中。
https://www.instagram.com/bananayamamoto/
nostos books
東京都世田谷区世田谷4-2-12
12:00~20:00 水曜定休
03-5799-7982
http://nostos.jp