Ilustration by Shiori Hasegawa

Column_No. 11
ビートニクの時代 〜 禅、LSD、詩、ヒップスター I

ビートジェネレーション」と呼ばれる世代があります。いつの時代も若者に「〜世代」とつけるのが好きで、「ロストジェネレーション」とか日本でも「ゆとり世代」とかそういう言いかたをしたりします。

「ロストジェネレーション」 については、もともとはユダヤ系アメリカ人の女性作家ガートルード・スタインが彼女のパリの居宅に出入りしていたアーネスト・ヘミングウェイらの若者に対して「ジェネラシオン・ペルデュ(フランス語で「ろくでなしの若者」とかいう意味のよう)」のストレートな英訳で〝You are lost generations!”とからかったのが始まりのようです。世界大戦という未曽有のできごとで傷ついた若者の喪失感「ロスト」とあいまってヘミングウェイやウィリアム・フォークナーらの世代の作家に対して「ロストジェネレーション」という呼び名が定着しました。

世界情勢、政治、景気、戦争、災害、は特定の世代に共通の体験をもたらし、何か一定の傾向があるように見えたりすることがあるようです。

今回から「ビートジェネレーション」をめぐるいくつかの側面について探ってみたいと思います。その世代の人物たちをビートニクといいます。大変な時代を経験した世代です。今から100年くらい前(1920年前後)のアメリカに生まれ、第二次世界大戦中に思春期を過ごし、大人になってからベトナム戦争を経験しています。社会への反抗、LSDや麻薬への耽溺、ポエトリー・リーディング、ゲイ・セクシュアリティーの公言、禅をはじめとした東洋宗教への傾倒、などを実践した人たちです。どれに当時の大人が顔をしかめるようなことばかりです。けれども、彼らの生みだしたカルチャーはその後のヒッピームーブメントにつながり、ロック、サブカルチャーに大きな影響を与えました。ジョン・レノンが東洋の宗教にはまっていったのも、もとはといえばビートニクが始めたことにつながります。



世界は聖なるかな!尻の穴は聖なるかな!

ビートニクの時代を象徴する「スクウェア」と「ヒップ」という言葉があります。「スクウェア」は四角という意味から来ていて、品行方正なとか、社会に従順なとかいう意味で使われました。「ヒップ」はその逆、社会からはみ出し、反抗して生きることを言いました。第二次大戦を終え、世界は再構築、西側陣営は資本主義の高度化に向かいます。企業は巨大化し、後にグローバル化していきます。

若者が選ぶことができるのは社会の一員となるか、それとも社会からはみ出すことのどちらかです。普通は社会の一員になることをためらう理由はないのですが、二度の世界大戦が起こり、世界が矛盾に満ちたものであることが露呈する時代にあって、「スクウェア」になることを選べない若者もいました。「路上」で知られるジャック・ケルアック(1922-1969)、「裸のランチ」ウィリアム・バロウズ(1914‐1997)、日本に住んでいた禅詩人ゲイリー・スナイダー(1930‐)、それに「吠える・その他の詩篇」で一躍有名になったアレン・ギンズバーグ(1926‐1997)などです。

「私たちの誰にとっても今は大学の学位を取ることに気を使ったり、自分たちが将来どういう種類の仕事をしたらよいかなどということに気を配っている時代では決してないのだ、今こそ詩を書くべき時代ではないかと考えたからである。一九九五年十月、葡萄酒とマリュワナ煙草とジャズにとり巻かれた中で、ギンズバーグは『吠える』という長い詩を書いた。」
(ゲイリー・スナイダー/「中央公論」一九六〇年一月号、古沢安二郎訳/「アレン・ギンズバーグ」/諏訪優から転載)

ビートジェネレーションの文学の特徴はその活動をライフスタイルのレベルまで押し広げたところにあります。ポエトリー・リーディングでの即興性、メキシコでのペヨーテ(麻薬の一種であるサボテン)接種、インドでの瞑想、日本の禅寺での参禅、彼らはその活動において文学に限定されませんでした。そして、世界中を旅し、彼らが求めるものを探して転々としました。それは文学にとどまらず、ライブ感に満ちたカルチャーでした。

ビートニクを代表する詩人アレン・ギンズバーグの長詩「吠える」はこのように始まります。

ぼくは ぼくの世代の最良の精神たちが狂気によって破壊されるのを見た、ヒステリカルに裸で飢えている、
ニグロの街を体を曳きずって夜明けに怒りのヤクを求めている、
天使の頭部のヒップスターたちが夜の機械仕掛けのなか古代の天空の交流を求めて星々のダイナモへと燃えている、
あるものは 貧困とぼろ着と空ろな眼で恍惚と無給湯アパートの超自然的な暗闇でタバコをふかして座る都市の屋上を超えて浮かぶジャズを黙想する
・・・
あるものは 刑事の首を噛みパトカーで喜びの叫びをあげた
かれらは荒っぽいすごい肛門
性交と酩酊のほかになんの罪も犯していない、
・・・
セメントとアルミのどんなスフィンクスがかれらの頭蓋を砕いて脳髄と想像力を食い荒した?
モロック!孤独!汚辱!醜汚!ゴミ缶と手に入らないドル!階段のしたで叫ぶ子供たち!軍隊ですすり泣く少年たち!公園で泣く老人たち!
モロック!モロック!モロックの悪夢!モロック愛なきもの!精神のモロック!
モロック人間を重たく裁くもの!
・・・
カール・ソロモン!ぼくはきみとロックランドにいる
そこできみはぼくより気が狂っている
・・・

「吠える 脚註」
聖なるかな!聖なるかな!聖なるかな!聖なるかな!聖なるかな!
・・・
世界は聖なるかな!魂は聖なるかな!皮膚は聖なるかな!鼻は聖なるかな!
舌、陰茎、尻の穴は聖なるかな!

(「吠える」/アレン・ギンズバーグ/富山英俊訳、脚注は「ギンズバーグ詩集」諏訪優訳)


「吠える」はビートニクによる文学作品の中でも最も特別な作品の一つです。下品なスラング、狂気、宗教の祈りを思い起こさせる連句、数多くの、時代に打ちひしがれた若者の群像、が息つくひまなく行進していきます。絶望的な叫びは何か巨大な力をもつものにぶつけられ、友人の早すぎる死に捧げられ、うねるように高ぶっていきます。それはあまりに真摯なため、まるで繰りかえされるキーワードの存在により、宗教書のような趣きさえあります。

「僕はノブ・ヒルのアパートに住んでいた。ペヨーテにとりつかれて、僕の部屋の窓の前で、ギラギラ光っている大きなホテルの最上階で、モーラック(=モロック=魔人)のロボットの頭蓋骨のイメージを見た。数週間後、ふたたびその顔は赤い煙に包まれた下町の中心部に現れた。僕はパァウェル街をほっつき歩きながら、一晩中〝モーラック、モーラック″とつぶやいていた。そして地獄の谷間のように深いドレーク・ホテルの下のカフェテリアで、ほとんど完全に『吠える』第二部書きあげた。」
(「吠える・その他の詩篇の覚えがき」「アレン・ギンズバーグ」諏訪優より転載)

ビートニクの根底にあるのは、「スクウェア」な人びと、現実、社会への不信感、怒り、絶望です。「吠える」はまさにそのやり場のない思いを叫びました。ギンズバーグは同世代の若者を「狂気」においやり、「破壊」するものを都市の向こうに幻視しました。「吠える・その他の詩篇」はワイセツさによりサンフランシスコ市警と税関の主導により発禁処分となりました。それはあくまでも「スクウェア」な社会と「ヒップ」をつらぬくなビートニクの衝突のはじまりの一つでした。

「ワイセツなのは詩人ではなく、彼が観察したものである。『吠える』のもっともワイセツな荒地は、メカニックな世界の悲劇的な荒地であり、原子爆弾と狂気じみた国家主義との間で失われた荒地である。」
(ローレンス・ファリンゲティ「アレン・ギンズバーグ」諏訪優より転載)

ビートニクは「スクウェア」な現実に絶望するだけでは終わりませんでした。その現実に代わるもう一つの現実を探す旅に出ます。それはまた次回に。



主な参考文献:「ギンズバーグ詩集」/諏訪優著/思潮社、「アレン・ギンズバーグ」/諏訪優著/彌生選書、「現代詩手帖特集版 総特集 アレン・ギンズバーグ」/思潮社

pov_profile1
後藤 大祐(ごとう だいすけ)

1979年生まれ、会社員をしながら詩や文章を書いています。著書「詩集 誰もいない闘技場にベルが鳴る」、2016年1月日本現代詩人会入会。2016年度「詩と思想」現代詩の新鋭。東京大学文学部英文科(2004年卒業)で英米文学・近現代詩の読みかたを学びました。スポーツはサッカーとボクシング、見るよりもやる方が好きです。最近もっとも興味があるのとんぺい焼きです。
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