goto_00
Ilustration by Shiori Hasegawa

Column_No. 10
「現代詩」の成長記録 VII
〜 戦後の原っぱ

前回、日本中をつつみこむ昂揚感とともに詩が「戦争協力」したこと、その一方で名もなき若者が数多くの悲しい詩を残して散っていったことをお話ししました。

今回からは戦後です。戦後の風景は戦前と、まるで分厚い刃物で断ち切られたかのように異なっています。また、戦後復興とともに大量の出版、ラジオ、テレビなどのメディアの発達はすさまじく、それとともに現代詩がどのように根を広げていったかを追うのは簡単ではありません(だから面白いのではありますが)。歌謡曲の世界に入った詩人、市民生活をとりあげて多くの人に愛された女性詩人、難解さを追求しているとしか思えない現代詩に関するグループ、あるいは現代詩の文脈では採り上げられない相田みつをのような詩人、力強い詩を発信している現代の若い詩人、最近の日本語ラップのブーム、などたくさんの現代詩の側面があります。

今回は、まず「戦後の原っぱ」と題して、二人の女性詩人についてお話ししたいと思います。戦後とは女性の社会進出の幕開けでもありました。



「ブラウスの腕をまくり」茨城のり子

わたしが一番きれいだったとき
街々はがらがら崩れていって
とんでもないところから
青空なんかが見えたりした

わたしが一番きれいだったとき
まわりの人達が沢山死んだ
工場で 海で 名もない島で
わたしはおしゃれのきっかけを落してしまった

わたしが一番きれいだったとき
だれもやさしい贈物を捧げてはくれなかった
男たちは挙手の礼しか知らなくて
きれいな眼差だけを残し皆発っていった

わたしが一番きれいだったとき
わたしの頭はからっぽで
わたしの心はかたくなで
手足ばかりが栗色に光った

わたしが一番きれいだったとき
わたしの国は戦争で負けた
そんな馬鹿なことってあるものか
ブラウスの腕をまくり卑屈な町をのし歩いた

わたしが一番きれいだったとき
ラジオからはジャズが溢れた
禁煙を破ったときのようにくらくらしながら
わたしは異国の甘い音楽をむさぼった

わたしが一番きれいだったとき
わたしはとてもふしあわせ
わたしはとてもとんちんかん
わたしはめっぽうさびしかった

だから決めた できれば長生きすることに
年とってから凄く美しい絵を描いた
フランスのルオー爺さんのように
              ね
(わたしが一番きれいだったとき/茨城のり子/「見えない配達夫」1958年)


茨城のり子(1926‐2006)は戦後を代表する女性詩人の一人で、もっとも有名なこの詩のほかにも「自分の感受性くらい」、「倚りかからず」等多くの有名な詩やエッセイなども残しています。

この詩はなんというか、若い女性のエネルギーというか、町にくりだしたい感じというか、健康的な欲求を感じさせます。恋の対象になるべき青年たちは戦争に夢中で、思春期の自分の方なんか向いてくれなかった、成長する女性は放っておかれたままで、ただ時間が過ぎていってしまった、と直接的です。しかもそれなのに戦争に負けてしまうなんてありえない、と。ちなみに、終戦時茨城のり子は19歳でした。

禁欲的だった戦中が終わり、戦後直後は食糧不足の時期はあったものの、大量にアメリカの食べ物、チョコレートや洋酒、ジャズなどの音楽、文化が日本に一気に流れこんできます。それは「禁煙を破ったときのようにくらくら」するような刺激だったと思います。

この詩の話し手は「わたしが一番きれいだったとき」が過ぎてしまったから悔やんでいたり、恨んでいたりするのでしょうか。そのように解釈できなくもないと思いますが、むしろこれからは思う存分楽しんでやる、というような若い女性の断固たる意志が伝わってくるような気がしています。自分の方を見向きもしなくて、どっかの島で死んでしまったやつらのことは忘れて、アメリカ文化が流れこむ町でこれからの青春を謳歌しよう、という宣言が隠されているようです。これは当時の若い女性たちのいつわらざる感情と一致していたのではないでしょうか。くよくよ過去のことを悔やんでいてもしょうがない、自分たちにとっては今からが大事なのだ、というある意味ポジティブなメッセージも含まれています。

この詩のすごいところはこれから思う存分楽しんでやる、と宣言する上に、「長生きすること」まで表明していることです。楽しみながら長生きしてやる、というその宣言通り、この詩人は79歳まで生きました。日本の女性の寿命が戦後どんどん伸びていったことと、このような戦後日本女性のポジティブさは無縁でないと思います。

この詩は「わたしが一番きれいだったとき」のリフレインが歌謡曲、ポップやロックミュージックの技法と共通するところも注目です。



「OL詩人」石垣りん

それはながい間
私たち女のまえにいつも置かれてあつたもの、

自分の力にかなう
ほどよい大きさの鍋や
お米がぷつぷつとふくらんで
光りだすに都合のいい釜や
劫初からうけつがれた火のほてりの前には
母や、祖母や、またその母たちがいつも居た。

その人たちは
どれほどの愛や誠実の分量を
これらの器物にそそぎ入れたことだろう、
ある時はそれが赤いにんじんだつたり
くろい昆布だつたり
たたきつぶされた魚だつたり

台所では
いつも正確に朝昼晩への用意がなされ
用意の前にはいつも幾たりかの
あたたかい膝や手が並んでいた。

ああその並ぶべきいくたりかの人がなくて
どうして女がいそいそと炊事など
繰り返せたろう?
それはたゆみないいつくしみ
無意識なまでに日常化した奉仕の姿。

炊事が奇しくも分けられた
女の役目であつたのは
不幸なこととは思われない、
そのために知識や、世間での地位が
たちおくれたとしても
おそくはない
私たちの前にあるものは
鍋とお釜と、燃える火と

それらなつかしい器物の前で
お芋や、肉を料理するように
深い思いをこめて
政治や経済や文学も勉強しよう、

それはおごりや栄達のためでなく
全部が
人間のために供せられるように
全部が愛情の対象あつて励むように。
(わたしの前にある鍋とお釜と燃える火と/石垣りん/「私の前にある鍋とお釜と燃える火と」1959年)


石垣りん(1920‐2004)もまた日本の戦後を代表する女性詩人です。小学校を卒業した14歳から定年の55歳まで日本興業銀行(現在のみずほ銀行)に勤め続けました。彼女の詩はいずれも会社勤務や家事の合い間に書かれたものでした。

女性運動といえば、女性はずっと男性に家事を押しつけられてきた、女性は旧い因習から解放されなければならない、というトーンが多いのですが、この詩は違います。

「鍋とお釜と燃える火」は女性をしばってきた炊事の象徴ですが、この詩の話し手はそれはただの束縛や押しつけられた仕事ということだけではなく、愛情や、知恵と一体となった大事な暮らしの一部であった、と捉えています。家族をいつくしむように、その大事な仕事をいつくしむことができるのだ、それにその精神は学問を学ぶ態度と変わらないためにさらなる成長に活かすことができるのだ、と。

女性解放には女性は押しつけられてきた役割を捨ててまるで男のように、男と同格、いやそれ以上に社会で活躍しなければならないのだ、というような激しい側面がある気がしますが、この話し手はもう少しマイルドで、女性なら女性ならでは知恵の出し方、ものごとの取り組み方があるんじゃない?と語っているようです。それは優しくも威厳があり、男中心の社会にこびるではなく、かといって好戦的に男と戦うわけでもなく、とてもしたたかな視点のように思えます。

情景描写がとても巧みです。「お米がぷつぷつとふくらんで 光りだす」なんてとても美味しそうです。「たたきつぶされた魚だつたり」音まで聞こえてきそうです。著者は家事のかたわら家事そのものを観察すること、その意味を考察しながらも、美しさを見つける視座を忘れません。

とても平易な日本語で書かれて、それでいてこのように美しい描写をそなえ、また思想的、主張的観点を忘れない詩は女性詩人に限らず、戦後になってようやく登場したもののように思えます。戦後日本がいい方向に向かっているとすれば、このような伸びやかでしっかり味わいのある詩が生まれている、ということがあるかもしれません。

本編執筆にあたり、詩史に関し、「詩とは何か」/嶋岡晨/新潮選書、日本の名詩選1〜3/西原大輔/笠間書院、に勉強させて頂きました(近現代詩の歴史に関する勝手な解釈は筆者独自です。)。この場をお借りし、お礼を申し上げます。

pov_profile1
後藤 大祐(ごとう だいすけ)

1979年生まれ、会社員をしながら詩や文章を書いています。著書「詩集 誰もいない闘技場にベルが鳴る」、2016年1月日本現代詩人会入会。2016年度「詩と思想」現代詩の新鋭。東京大学文学部英文科(2004年卒業)で英米文学・近現代詩の読みかたを学びました。スポーツはサッカーとボクシング、見るよりもやる方が好きです。最近もっとも興味があるのとんぺい焼きです。
「カバンには詩集を」のバックナンバーはこちら。

連載コラム バックナンバー一覧
カバンには詩集を / 後藤大祐
詩人・後藤大祐さんが綴る連載コラム。一見して難しい印象を抱きがちな現代詩の世界を、軽快に、そしてわかりやすく解説。

こちらのコンテンツもおすすめです。

昭和のデザイン史に名を刻む男たち。対外宣伝グラフ誌「FRONT」を紐解く
スタッフ日記 | おすすめ書籍
昭和のデザイン史に名を刻む男たち。対外宣伝グラフ誌「FRONT」を紐解く
戦前・戦中を代表する対外宣伝グラフ誌「FRONT」をひも解きながら、原弘や木村伊兵衛をはじめとする制作陣とその関連書籍を追ってみます。
  • Facebookでシェア
  • Twitterでシェア
  • はてなブックマークに追加

この記事をシェアする

こちらもおすすめ

恩地孝四郎詩集

恩地孝四郎詩集

恩地孝四郎

¥8,640

日本の憂愁 | 恩地孝四郎

日本の憂愁

恩地孝四郎

¥9,936

ニルヴァギナ | 加藤郁乎

ニルヴァギナ

加藤郁乎

¥4,320

加納光於《稲妻捕り》Elements  瀧口修造《稲妻捕り》とともに

稲妻捕り

加納光於、瀧口修造

¥12,960

地獄篇 | 寺山修司

地獄篇

寺山修司

¥1,620

白いかたびら | アレン・ギンズバーグ

白いかたびら

アレン・ギンズバーグ

¥1,944

キンズバーグ詩集 増補改訂版 | アレン・ギンズバーグ

ギンズバーグ詩集 増補改訂版

アレン・ギンズバーグ

¥2,160

お支払い方法について

  1. クレジットカード決済

    VISA、MasterCard、JCB、Amex、Dinersがご利用いただけます。分割払いも可能です。
  2. コンビニ決済

    ご注文後、発行される払込番号をコンビニにお持ちいただきお支払いください。手数料は無料です。
  3. 後払い決済

    お支払前に商品を発送いたします。別送の請求書をお近くのコンビニ・郵便局・銀行にお持ちいただき、お支払いください。手数料として別途250円を頂戴いたします。
  4. 代金引換決済(着払い)

    到着時にドライバーに現金でお支払いください。手数料として別途350円を頂戴いたします。
  5. その他、銀行振込、Paypal決済もご利用いただけます。
    詳しくはこちら

送料・配送について

  • ・日本郵便ゆうパックにてお送りいたします。
  • ・送料は全国一律500円。
  • ・お買い上げ商品代金の合計が10,000円以上で送料無料。

お届け日の目安

営業日の正午12時までに確定したご注文につきましては当日中にご注文商品を出荷させていただきます。

なお、到着ご希望日が数日先に設定されている場合、ご注文の確定(ご入金の確認)がなされていない場合、またご注文内容について何らかの確認をさせていただく必要がある場合などは、上記の出荷に関するお約束に適用されませんのでご理解の程お願い申し上げます。何らかの理由で発送が遅れる場合はその旨ご連絡いたします。

返品・返金について

当店で取り扱うすべての商品で返品・返金に対応させていただきますので、安心してお買い物をお楽しみいただけます。返品をご希望の場合には、商品到着後7日以内に当店宛てにご連絡ください。
詳しくはこちら

送料・配送について

info@nostos.jp
03-5799-7982

公式SNS

運営会社

株式会社NEU(ノイ)
東京都公安委員会許可 第303251508268号
© nostos books All Rights Reserved.