goto_00
Ilustration by Shiori Hasegawa

Column_No. 09
「現代詩」の成長記録 VI
〜 戦争と詩

前回、激動する世界の潮流に合せるように、前衛的な詩が生まれてきた、とお話をしました。これまでになかった方法を詩は試み、斬新な表現が生まれる一方で難解な詩が生まれることにもなりました。

今回触れることは、詩の問題にかぎらず、ずいぶん深いところにまで思いを巡らせなければいけません。軽々しくあつかうことができなくて、そのせいでどう考えていいか分からないようなことです。戦争はしてはいけない、できる限り避けなければいけないことですし、犠牲になった人々がたくさんいるということは忘れてはいけません。その前提でお話しします。

遠くない過去、日本はドイツ、イタリアとともに第二次世界大戦を戦い(起こし?)、敗戦しました。日本が敗戦してから、多くの文学者が先の戦争を批判しました。「自分はもともと戦争に反対だったのだ。」と。「嫌々ながら協力させられていたのだ。」と。それはある意味当然の反応だったと思います。誰だって(戦場で)死ぬのは嫌ですし、(戦場で)人を殺すのは嫌です。一方で、それなのに出陣し、戦場で若い命を落とした、たくさんの、ぼくらと同年代もしくはもっとずっと若いひとたちがいました。

詩は事実、戦争に「協力」しました。詩が民族の感情とシンクロするのであれば、詩の本質を考えるうえで第二次世界大戦(大東亜戦争と呼ばれました。)と日本の詩の昂揚感、テンションの上がり方、は何かを指し示しているような気がしています。日本の精神(一般化できるものがあるとして)が何を考えていたか。詩は何に近いか。



「戦争そのものが巨大な詩である」高村光太郎

高村光太郎はたくさんの有名な詩を残しました。

ちゑ子は東京に空が無いといふ、
ほんとの空が見たいといふ。
私は驚いて空を見る。
桜若葉の間にあるのは
切つても切れない
むかしなじみのきれいな空だ。
どんよりけむる地平のぼかしは
うすもも色の朝のしめりだ。
ちゑ子は遠くを見ながら言ふ、
阿多多良(あたたら)山の上に
毎日出てゐる青い空が
ちゑ子のほんとの空だといふ。
あどけない空の話である。
(あどけない話/高村光太郎/「智恵子抄」)


頬骨が出て、唇が厚くて、眼が三角で、名人三五郎の彫った根付の様な顔をして
魂を抜かれた様にぽかんとして
自分を知らない、こせこせした
命のやすい
見栄坊な
小さく固まって、納まり返った
猿の様な、狐の様な、ももんがあの様な、だぼはぜの様な、めだかの様な、鬼瓦の様な
茶碗のかけらのような日本人
(根付の国/高村 光太郎/「道程」1910年)


高村光太郎で特に有名なのは「智恵子抄」で、愛妻智恵子との幸せな生活から彼女が統合失調症で精神を病んでいく、その後までをつづった詩集です。今の60代以上の世代の人たちによく読まれました。高村光太郎の智恵子への親密な愛情が切々と感じられるそうです。(ぼくには彼が智恵子に幼女のように「あどけない妻」の役割を演じるよう姿を押しつけ、彼女の切実な訴えに対しても、対話に応じようとしない、頭でっかちないやらしさを感じるだけなのですが。。。)それはともかく、上手い詩ではあります。言いたいこととモチーフがはっきりしていて、分かりやすくもあります。
そんな高村光太郎が戦争「協力」詩の急先鋒であったことはあまり知られていません。というより、そもそもあまり皆戦争「協力」詩の周辺に触れたがっていないような感じです。

第二次大戦がはじまり、日本の文学者は日本文学報国会に統合されます。その中に「詩部会」がありました。代表は尾崎喜八、その後に高村光太郎です。メンバーは枚挙にいとまがありません。村野四郎、北園克衛、白鳥省吾、島崎藤村、小野十三郎、草野心平、室生犀星、西脇順三郎、高橋新吉(ダダイスト新吉です!)、金子光晴等々、そうそうたる面々です。簡単にいうと、みんな関係者です。それを非難するわけではありません。戦争の是非はともかく、自らの国、故郷、家族が危機に瀕しているときに、立ち上がるというのは人間として極めてまともなことです。宣戦布告のラジオ放送に対し、「馬鹿野郎だ!」とラジオに叫んだ金子光晴のように、思いは色々あったものの、一度始まったものは一人の力でどうすることもできません(だから始めないようにすることがどれだけ大事か)。

われらは黄いろい人種だが
黄色い人種は古来のんき過ぎたので
善良は馬鹿と見られ
とんちきはずるいと見られ
沈黙は無思想と見られ
没法子(しかたがないや)と自分でも言つていたのだ
日本は東亜の末つ子だが
目がさめてから六十余年
臥薪嘗胆といふ奴をやってゐたのだ
めりめり勉強して待ってゐたのだ
君等の手から東亜を自由にしたかつたのだ
(君等にあたふ/高村光太郎)


劣等人種と彼等のきめた
その劣等が何を意味するかを
天地の前に証しようと
(略)
立ち上がった民族の直情を
正直一途なお正月は理解するだろう
頭を殴るのも善意だといふことを
あのブロンドなら悟るだろうか
(正直一途なお正月/高村光太郎)


冒頭に紹介した「根付の国」にある、日本人批判「小さく固まって、納まり返った猿の様な、狐の様な、ももんがあの様な、だぼはぜの様な、めだかの様な、鬼瓦の様な、茶碗のかけらのような日本人」は欧米留学後に書いたものです。欧米と比べてなんと進歩が足りない日本人よ、と言いたいのです。一方で50歳を過ぎ、戦争「協力」にのめり込む段になると、欧米(特に英米)に対し敵意をむきだしにしています。これは劣等感の裏がえしにすぎません。しかし、ここで言いたいのが、高村光太郎の劣等感を感じやすい気質がこのような詩をかかせたとしても、民族感情としても日本人の中にこのような思いは間違いなくあっただろう、ということです。国全体を覆う大戦への傾倒、空気中にただよう不穏な空気に詩人は反応し、そのエキスを抽出しました。
詩は戦争を止められません。どころか、戦争を鼓舞することさえあります。それが詩です。事実を受けとめ、認め、そのうえで誇りを持ちつづけること。

当時、高村光太郎は50歳を過ぎていました。戦争を賛美する一方で自分自身が戦場におもむく立場ではありませんでした。当時の多くの指導者もそうだったのではないでしょうか。一方で、戦場で実際に戦い、敵を殺し、命を失ったのは多くが20〜30代の若者でした。大学生、社会人。今のぼくらと同じ年頃の人間です。大学で授業を受けていたら、あるいはサラリーマンや職人として働いていたら、急にどこそこへ行け、と通知がきて、戦争の技術を短期間で教えられ、戦闘機に乗り、あるいは軍艦に乗り、あるいはジャングルの奥地に入っていくのです。戦うことができればまだましです。戦争の末期にはいわゆる特攻隊としてただ敵艦にぶつかる自爆攻撃をするためだけの戦闘機の操縦技術だけを習い、飛びたっていた若者が多くいました。

そんな(名もない)若者が残した歌がたくさん残っています。最後にそれらを紹介したいと思います。これも詩です。いや、むしろこれが詩だと思っています。20代の若者が死ぬために戦場に向かった、その最後の言葉。ぼくは本当に涙がとまりません。

生死(いきしにの)のさかひをこえしますらをが必殺の魚雷いまぞ抱きゆく
(久住宏、昭和二十年一月十二日、パラオ諸島コッソル水道にて特殊潜航艇「回天」に搭乗し、特攻戦死。享年二十二歳。埼玉県出身)


きみ想ふこころは常にかはらねどすべてをすてて大空に散らむ
(小城亜細亜、昭和二十年八月十三日、神風特別攻撃隊第四御楯隊として本州東方海上にて特攻戦死。享年二十二歳。立教大学。東京都出身)


アスユク クルナ ワカレダ トハノワカレ サヨウナラ」 シラウ
(三輪四郎、家族あての電報文、昭和二十年四月十一日、神風特別攻撃隊第二御楯隊々員として、特攻前日試験飛行中、鹿児島湾上にて殉職。享年十八歳。福島県出身)


本編執筆にあたり、詩史に関し、「詩とは何か」/嶋岡晨/新潮選書、日本の名詩選1〜3/西原大輔/笠間書院、に勉強させて頂きました(近現代詩の歴史に関する勝手な解釈は筆者独自です。)。この場をお借りし、お礼を申し上げます。

また、今回は「幻影解「大東亜戦争」戦争に向き合された詩人たち」/今村冬三/葦書房、「大東亜戦争詩文集」/新学社近代浪漫派文庫、にも勉強させて頂きました。文中に引用もさせて頂いています。お礼申し上げます。

pov_profile1
後藤 大祐(ごとう だいすけ)

1979年生まれ、会社員をしながら詩や文章を書いています。著書「詩集 誰もいない闘技場にベルが鳴る」、2016年1月日本現代詩人会入会。2016年度「詩と思想」現代詩の新鋭。東京大学文学部英文科(2004年卒業)で英米文学・近現代詩の読みかたを学びました。スポーツはサッカーとボクシング、見るよりもやる方が好きです。最近もっとも興味があるのとんぺい焼きです。
「カバンには詩集を」のバックナンバーはこちら。

連載コラム バックナンバー一覧
カバンには詩集を / 後藤大祐
詩人・後藤大祐さんが綴る連載コラム。一見して難しい印象を抱きがちな現代詩の世界を、軽快に、そしてわかりやすく解説。

こちらのコンテンツもおすすめです。

昭和のデザイン史に名を刻む男たち。対外宣伝グラフ誌「FRONT」を紐解く
スタッフ日記 | おすすめ書籍
昭和のデザイン史に名を刻む男たち。対外宣伝グラフ誌「FRONT」を紐解く
戦前・戦中を代表する対外宣伝グラフ誌「FRONT」をひも解きながら、原弘や木村伊兵衛をはじめとする制作陣とその関連書籍を追ってみます。
  • Facebookでシェア
  • Twitterでシェア
  • はてなブックマークに追加

この記事をシェアする

こちらもおすすめ

暗い海辺のイカルスたち | 中井英夫

暗い海辺のイカルスたち

中井英夫

¥1,080

マルドロールの歌 新装改訂版 | ロートレアモン、栗田勇

マルドロールの歌

ロートレアモン

¥1,080

加納光於《稲妻捕り》Elements  瀧口修造《稲妻捕り》とともに

稲妻捕り

加納光於、瀧口修造

¥12,960

北園克衛全詩集

北園克衛全詩集

北園克衛

¥19,440

詩集 うつむく青年 | 谷川俊太郎

詩集 うつむく青年

谷川俊太郎

¥864

谷川俊太郎詩集 | 思潮社

谷川俊太郎詩集

谷川俊太郎

¥1,296

お支払い方法について

  1. クレジットカード決済

    VISA、MasterCard、JCB、Amex、Dinersがご利用いただけます。分割払いも可能です。
  2. コンビニ決済

    ご注文後、発行される払込番号をコンビニにお持ちいただきお支払いください。手数料は無料です。
  3. 後払い決済

    お支払前に商品を発送いたします。別送の請求書をお近くのコンビニ・郵便局・銀行にお持ちいただき、お支払いください。手数料として別途250円を頂戴いたします。
  4. 代金引換決済(着払い)

    到着時にドライバーに現金でお支払いください。手数料として別途350円を頂戴いたします。
  5. その他、銀行振込、Paypal決済もご利用いただけます。
    詳しくはこちら

送料・配送について

  • ・日本郵便ゆうパックにてお送りいたします。
  • ・送料は全国一律500円。
  • ・お買い上げ商品代金の合計が10,000円以上で送料無料。

お届け日の目安

営業日の正午12時までに確定したご注文につきましては当日中にご注文商品を出荷させていただきます。

なお、到着ご希望日が数日先に設定されている場合、ご注文の確定(ご入金の確認)がなされていない場合、またご注文内容について何らかの確認をさせていただく必要がある場合などは、上記の出荷に関するお約束に適用されませんのでご理解の程お願い申し上げます。何らかの理由で発送が遅れる場合はその旨ご連絡いたします。

返品・返金について

当店で取り扱うすべての商品で返品・返金に対応させていただきますので、安心してお買い物をお楽しみいただけます。返品をご希望の場合には、商品到着後7日以内に当店宛てにご連絡ください。
詳しくはこちら

送料・配送について

info@nostos.jp
03-5799-7982

公式SNS

運営会社

株式会社NEU(ノイ)
東京都公安委員会許可 第303251508268号
© nostos books All Rights Reserved.