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Ilustration by Shiori Hasegawa

Column_No. 07
「現代詩」の成長記録 Ⅳ
〜 現代詩のはじまりと終わり

これまで、明治維新以降、近現代詩がどのように生まれ、成長してきたのか、なぞってきました。和歌、短歌、あるいは漢詩というような伝統的な詩からはなれ、新しい時代にあわせた詩とはなにか、詩人たちは模索してきました。西洋詩の翻訳からはじまり、自己陶酔しすぎなやつとか、エロすぎるやつとか色々な寄り道的なものもありながら、次第にそのモチーフは同時代を同時代の言葉でうたうこと、同時代の気持ちをうたいあげること、に焦点があたってきます。

明治維新以前の和歌、短歌にあって、現代詩にないもの、それはルールです。反対に現代詩にあって和歌、短歌になかったもの、それは個人です。 「現代」とあたまにつくものはすべて難しくなりがちです。現代美術、現代音楽、そして現代詩。どれも小難しい理論とか、研究とか、専門家とかでないと分からないとか、はっきりいうと面白くないものばかり。「現代」があたまにつくものはルールを無視することや、新しくルールを作ることなんかに夢中になっていました。受け手がいないまま作り手だけでつるんでばかりいたので、結果として、どのジャンルもファンがほとんどいません。世の中には楽しいエンターテインメントがたくさんあるのに、誰が小難しい上にオナニーばかりしている分野にわざわざ近寄るでしょうか。

今回は、そんな袋小路にはいる前の現代詩の話です。明治を過ぎ、大正時代にはいるころ、現代詩の2大スターが登場します。萩原朔太郎宮沢賢治です。二人の詩はほとんどノ―ルール、それでありながら、立ち上がる風景や人柄が感じられるのはなぜでしょうか。そこには詩に限らず現代の袋小路から脱出する何かヒントがあるようです。



リアル「銀河鉄道」⇒と、それに乗るマントの男


わたくしといふ現象は
仮定された有機交流電燈の
ひとつの青い照明です
(略)
せはしくせはしく明滅しながら
(略)
これらは二十二箇月の
過去とかんずる方角から
紙と鉱質インクをつらね
(略)
そのとほりの心象スケッチです

けれどもこれら新世代沖積世の
巨大に明るい時間の集積の中で
(略)
わたくしも印刷者も
それを変らないとして感ずることは
傾向としてはあり得ます

おそらくこれから二千年もたつたころは
(略)
新進の大学士たちは気圏のいちばんの上層
きらびやかな氷窒素のあたりから
すてきな化石を発掘したり
(略)透明な人類の巨大な足跡を
発見するかもしれません

(序/宮沢賢治/「春と修羅」1924年(大正十三年))


この「序」は詩集の冒頭に書かれたものですが、かなり個性的です。
何を言いたいかどころか、何を言っているのか、ほぼ分かりません。これが誰かの遺書に記されたものだとしたら、残された家族や友人は「あっ。」とことばを失うような種類のものです。近現代詩のはじまりを告げる「新体詩抄」の出版からたった32年。七五調や漢詩調に翻訳した西洋詩から、あっという間にここまで来た感があります。

翻訳を試みるとこうなるのかもしれません。

  • 私はチカチカ青く点滅する電球みたいな存在です。私以外もチカチカ点滅しています。
  • この詩集は過去というものがあるとすればそのとき感じたことを書きとめたものです。
  • しょせん個人の感覚に過ぎないといえば過ぎないが、とはいえ個人というのも大きな宇宙の一部なので宇宙自体の感覚ともいえるでしょう。
  • 心に映ったことを正確に書いたつもりだが、自分や印刷会社の人はともかく、2千年後の未来では研究者が大気圏の中で化石を発見しているかもしれず、地中から透明な人類の巨大な足跡を発見しているかもしれず、そんな中では人類の感覚も大きく変わっているでしょう。


という感じ。まあ、よくぞここまでぶっとびました。自分はチカチカ青く点滅する電球です、というのは正直笑えます。日本の歴史の中で、こんな風に自己紹介をしたり、こんな言葉をつかったことがある人はいませんでした。非常に自由です。また、これでもか、というようにちりばめられる「鉱質」、「沖積世」、「氷窒素」、「大学士」とかの科学系の用語(本当に正しい用語なのかは分かりませんが)も日本の詩の歴史の中にもありませんでした。宮沢賢治は科学系の用語が大好きで、それを使うのが何よりも格好いいと考えているのです。何よりも全体の五分の一近くを占める、2千年後に関する空想への脱線ぷりが秀逸です。勝手な想像ですが、宮沢賢治はこの序を書いている間に2千年後への空想が膨らんで、どんどん筆が進んでしまったのではないでしょうか。そんな勢いを感じます。その勢いは現代詩のもっともおいしいところです。

「序」は作者の意図としては本編の詩とは別物だったかもしれませんが、日本の現代詩の頂点の一つです。ここには既存のルールはありません。七五調がなければ、日本の自然の景色、伝統的な主題もありません。あるのは作者個人の好きな言葉のチョイスと、言いたいことを言うだけ、という自由な文章です。それでいて統一感と美しさを感じるのは宮沢賢治のセンスです。背景にある思想(仏教的な空観を感じます。)とスタイル(科学系)のミックスが統合的な美しさを実現しています。

宮沢賢治の詩、小説、童話はどこか、「あっち側にいった人」という人物像をイメージさせます。くすんだマントをはおって、銀河鉄道に乗って去っていく人。あっち側の世界から語る、というのは現代詩について考えるうえでの一つのキーワードでもあります。



エロとグロ⇒ビジュアル系の猫男


まつくろけの猫が二疋、
なやましい夜の家根のうへで、
ぴんとたてた尻尾のさきから、
糸のやうなみかづきがかすんでゐる。
『おわあ、こんばんは』
『おわあ、こんばんは』
『おぎやあ、おぎやあ、おぎやあ』
『おわああ、ここの家の主人は病気です』

(猫/萩原朔太郎/「月に吠える」1917年(大正六年))


光る地面に竹が生え、
青竹が生え、
地下には竹の根が生え、
根がしだいにほそらみ、
根の先より繊毛が生え、
かすかにけぶる繊毛が生え、
かすかにふるえ。

かたき地面に竹が生え、
地上にするどく竹が生え、
まつしぐらに竹が生え、
凍れる節々りんりんと、
青空のもとに竹が生え、
竹、竹、竹が生え。

(竹/萩原朔太郎/「月に吠える」1917年(大正六年))


どちらも気味が悪い詩です。真夜中に勝手に他人の家の中のうわさ話をしている薄気味わるい猫、にょきにょきと生物(髪の毛?)のように生えて、伸びていく不気味な、何本もの竹。精神風景はかなり病んでいます。萩原朔太郎の特色はグロテスクな世界の描写にあります。

三日月の下、屋根の上で猫が会話している姿や、竹が伸びていくシーンを目撃したことがある人はほとんどいないと思いますが、これらの詩を読むと不思議と情景が浮かんでくるようです。絵本でみたのか、テレビのSFなのか、なんとなく見たことがある景色のような気がしてくるのです。

ことばのリズムも卓越しています。「竹」については、「生え」、「生え」、と韻を踏み、忍び寄るような、何かただならぬことが起きつつあるような、そんな効果をあげています。このようなことばのリズム、グロテスクなビジュアルを生みだす日本語の使い方は独創的なものでした。

エロとグロについては、日本文学の得意とするところですが、このような西洋的、あるいは映画的ビジュアルで表現をしたことで萩原朔太郎の独自の世界を生みだすことに成功しています。

自由に表現することはえてして、受け手からすると何がいいたいのか分からない、というジレンマにおちいる可能性を秘めています。それを回避するために、どこかで見たことがあるようなイメージをもってくること、表現の目的をはっきりさせること(萩原朔太郎の場合はグロテスク)、で作品の完成度を高めることが可能になることがあります。萩原朔太郎の場合は、ポスターや雑誌、本の挿絵などの形で当時日本にあふれていた(だろう)、西洋的モチーフをイメージとしてもってきているようです。そして、それは今に生きる我々にとっても想像しやすいものでもあります。

宮沢賢治と萩原朔太郎は現代詩の陥りがちなジレンマを乗り越えてそれまでの日本の詩の達成できなかった高みまで、日本語の領域を広げることに成功しています。ただ、それは現代詩の終わりのはじまりを指さしていました。



本編執筆にあたり、詩史に関し、「詩とは何か」/嶋岡晨/新潮選書、日本の名詩選1〜3/西原大輔/笠間書院、に勉強させて頂きました(近現代詩の歴史に関する勝手な解釈は筆者独自です。)。この場をお借りし、お礼を申し上げます。

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後藤 大祐(ごとう だいすけ)

1979年生まれ、会社員をしながら詩や文章を書いています。著書「詩集 誰もいない闘技場にベルが鳴る」、2016年1月日本現代詩人会入会。2016年度「詩と思想」現代詩の新鋭。東京大学文学部英文科(2004年卒業)で英米文学・近現代詩の読みかたを学びました。スポーツはサッカーとボクシング、見るよりもやる方が好きです。最近もっとも興味があるのとんぺい焼きです。
「カバンには詩集を」のバックナンバーはこちら。

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