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Ilustration by Shiori Hasegawa

Column_No. 04
「現代詩」の成長記録

これまで3回にわたり、音楽と現代詩の関係あるような、ないようなことについて書いてきました。ここで一旦句切り、あらためてジャンルとしての詩についてお話ししたいと思います。詩というよく分からないものがどのように始まり、どこへ向かうのか。ぼくは現代詩の歴史の専門家でもなんでもありません。けれども、学校でならったのではない、詩人が生きた人と感じられるような触れかたで、日本における詩をなぞってみたらおもしろいだろう、と考えています



ちょっと変な楽しみ方⇒ジャパナイズ詩

日本にはもともと、漢詩か和歌(派生形である連歌、俳諧、短歌等も)のどちらかしかありませんでした。ざっくり言うと、漢詩は貴族(のちに武士も含む)の男子のたしなむ、海外文明由来の正式な教養、和歌は女性、庶民も含んだもう少し土着的、情緒的な文化、という違いです。
詩とは漢詩をさし、漢詩とは以下のようなものです。


(A)        (B)
国破山河在     国破れて山河在り
城春草木深     城春にして草木深し
感時花濺涙     時に感じては花にも涙を濺ぎ
恨別鳥驚心     別れを恨んでは鳥にも心を驚かす
烽火連三月     烽火三月に連なり
家書抵萬金     家書萬金に抵る
白頭掻更短     白頭掻かけば更に短く
渾欲不勝簪     渾べて簪に勝えざらんと欲す


これは、杜甫(712~770)という中国の唐の時代の役人の漢詩です。杜甫は名家に生まれたものの、重要な試験(科挙)に落ちて、44歳で小さな役人の仕事を見つけるまで放浪し、見つけたあとも世渡りが下手だったり、運悪く戦争に巻きこまれたり、ついていない一生を送った人です。「敵に国を破られて、草ぼうぼうで、メソメソ、鳥の羽ばたきにもビクッとする、戦争の狼煙に市街は囲まれ、家族とも連絡がつかない、白髪も抜けてボロボロです。」というような意味。日本でもっとも人気のある漢詩の一つです。 ポイントはこの形式です。(A)は原文、(B)は日本語での読み下し文。両方を一体として、漢詩といいます。
原文である(A)は韻を踏んでいます。2行置きに「深(シン)」、「心(シン)」、「金(キン)」、「簪(シン)」。これはいわゆる定型(五言律詩)で漢詩のルールにのっとています。韻を踏む、ということは、もしかすると今の人の方がなじみがあるかもしれません。ラップの「俺は東京生まれHIP HOP育ち(ソダチ) 悪そうな奴は大体友達(モダチ)」(Dragon Ash/Grateful Days)みたいなテクニックのことです。このテクニックを使うと、普通の言葉がちょっと違う風味、音楽性を帯び、簡単にいうとカッコよくなるのです。当たり前のことをいっているはずなのに、なぜかすこし謎めいたような、マジカルな雰囲気がただよう。これが詩の楽しみの一つ。

いっぽうで、(B)は日本のご先祖様たちが、(A)の詩の内容がみんなに分かりやすいように、翻訳したものです。中国語を日本語で訳したものなので、「韻」は消えています。韻以外にも、元々の詩にある音楽性、リズムも消えてしまっています。
原文の正確な音は完全に無視して、翻訳文を自国語で読み、情景に思いをめぐらす。そして、「いいなあ、杜甫は何とも切なくて、繊細で、」と感想を言う。日本人はそんなやりかたで、1000年以上も漢詩を愛読してきました。

現代のぼくらの感覚からすると、ずいぶん変なことです。
今の時代に例えると、エルヴィス・プレスリーの「Love Me Tender」の原曲を聞いたことがないのに、翻訳された日本語でそのまま鑑賞する、みたいな。


やさしく愛してね
甘く愛してね
どこにもいかないで
あなたがいれば何もいらない
そしてぼくも
(Elvis Presley/Love Me Tender)


そして、「いいなあ、プレスリーは、甘いなあ、」って言っている。曲を聞いたことないのに。日本人の1000年間の漢詩の楽しみ方はそんな感じ。どうでしょうか?う〜ん、やっぱりちょっと変。もちろん、漢詩を原音で鑑賞できた人たちもいましたが、それは少数派でした。
外国の言葉をマスターして、その素養の上でその外国の文化を楽しむ、ほんとうはそれが自然です。日本の場合は特殊な楽しみ方が長年根づいてきた。これがポイント。日本人は遠い国の文化を、工夫して自分たちなりに楽しむ方法を見つけた。そういう言い方もできるかもしれません。



ジャパナイズ詩⇒西洋をバックにふたたび


山々かすみいりあひの
鐘はなりつつ野の牛は
徐(しづか)に歩み帰り行く
耕へすひともうちつかれ
やうやく去りて余(われ)ひとり
たそがれ時に残りけり
(続く)

(矢田部良吉訳/グレー氏墳上感懐の詩/「新体詩抄」(1882/明治15年))



我は官軍我が敵は
天地容れざる朝敵ぞ
敵の大将たる者は
古今無双の英雄で
これに従う兵は
共に慄悍決死の士
鬼神に恥ぬ勇あるも
天の許さぬ反逆を
起こしし者は昔より
栄えし例有らざるぞ
(続く)

(外山正一/抜刀隊/「新体詩抄」(1882/明治15年))


「夫レ明治ノ歌ハ、明治ノ歌ナルベシ、古歌ナルベシ(外山正一)」この言葉に日本の詩の世界に何か起きようとしていたのかが、はっきり表れています。

明治維新により、日本の表層は大きく様がわりしていきました。服装は和装から洋服に変わり、各地に紡績工場ができ、軍隊も西洋式軍隊に変わっていきました。産業構造は大きくシフトし、多くの人が新しい工業分野でビジネスチャンスを手にし、一方で多くの人が没落していきました。

明治維新の一つの側面は、国の構造を作りかえるインフラを作る権利を、だれが手に入れるか、でした。西洋列強に近づくため、日本は西洋文化をとりいれた、ということがよく言われますが、ぼくはそれだけではないと考えています。徳川幕府から明治政府(要は関ケ原で負けた長州と薩摩)に政権がうつり、新政権はまったく新しい構造の国のインフラを作る権利を獲得し、煉瓦、港湾、ビール、船舶、鉄道、工場、洋服、そのようなものをつくる産業を元志士や討幕藩士同士のカルテルで独占し、莫大な利益をあげていきました。「これからは何でも西洋だ!」と国の指導者層が社会の目指す姿を描き、自分たちの資本で必要なものを作り、国民に販売し、利益を上げるのが発展途上の国における主要かつ確実なビジネスモデルです。

産業界同様、絵画、文学の世界でも新勢力による旧勢力の追い落としが行われました。幕府お抱え絵師や民間の絵師による日本画、庶民に人気を博した版画は留学帰りの連中による西洋絵画の模倣にとってかわられ、文学は洋行帰りの連中による西洋風小説(主に近代的個人の悩みを描いた高尚なもの)が席巻しました。

詩の世界もそうでした。明治15年に発行された「新体詩抄」(井上哲次郎、矢田部良吉、外山正一)が近現代詩の始まりです。三人とも明治政府のもとで海外留学(イギリス、ドイツ)をし、東京大学で教授をつとめます(外山はのちに東大総長、文部大臣)。三人の狙いはシンプルでした。漢詩でも和歌(やまとうた)でもない新時代のための詩を作る、ということでした。

三人は漢詩でも和歌でもなく!ということで、西洋の詩を翻訳し、鑑賞する方法を見つけました。紹介した上の詩はその文脈で生まれたものです。「グレー氏墳上感懐の詩」はまさに翻訳です。
「漢詩を読み下した日本語」⇔「西洋の詩を読み下した日本語」これが近・現代詩の誕生のからくりです。いいやり方に気がついたのだと思います。和装⇒洋服、木材と和紙による日本家屋⇒レンガ造りの洋館、日本酒⇒ビール、ウィスキー、海上輸送⇒鉄道による陸送、日本における西洋文化のもとには必ずもとになる日本文化があると考えられます。
詩も同じようにやりました。西洋詩の翻訳です。

翻訳の弱点は、音楽性(韻を含む)、リズムの欠如です。それにもっともよくないのが、真理を外にもとめ、自分の独自性を信じられないことです。翻訳ばかりを得意とする文化は海外文明の崇拝に終わり、衰退します。翻訳ばかりを得意とする文化とはお仕着せの文化という言い方もできます。

「これからは何でも西洋だ!」の主犯は明治政府のもとで海外留学をし、政治、産業、教育の主要なポストについた人たちです。近現代詩においては、「新体詩抄」を刊行した井上哲次郎、矢田部良吉、外山正一、は間違いなくその位置にいたと言えます。
「これからは何でも西洋だ!」にはじまる近現代詩がどこに向かうか。(今のぼくらからみると)何を欠如したまま、あるいは何をとりいれて、成長していったのかについては次回以降探っていきたいと思います。

本編執筆にあたり、詩史に関し、「詩とは何か」/嶋岡晨/新潮選書、日本の名詩選1〜3/西原大輔/笠間書院、に勉強させて頂きました(近現代詩の歴史に関する勝手な解釈は筆者独自です。)。この場をお借りし、お礼を申し上げます。



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後藤 大祐(ごとう だいすけ)

1979年生まれ、会社員をしながら詩や文章を書いています。著書「詩集 誰もいない闘技場にベルが鳴る」、2016年1月日本現代詩人会入会。2016年度「詩と思想」現代詩の新鋭。東京大学文学部英文科(2004年卒業)で英米文学・近現代詩の読みかたを学びました。スポーツはサッカーとボクシング、見るよりもやる方が好きです。最近もっとも興味があるのとんぺい焼きです。
「カバンには詩集を」のバックナンバーはこちら。

連載コラム バックナンバー一覧
カバンには詩集を / 後藤大祐
詩人・後藤大祐さんが綴る連載コラム。一見して難しい印象を抱きがちな現代詩の世界を、軽快に、そしてわかりやすく解説。
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