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それでも写真を撮り続ける。荒木経惟の人生と写真家としての覚悟

山田
書いた人:
2016.12.10 写真集
写狂老人日記 嘘 | 荒木経惟写真集
山田です。写真が好きで好きで仕方ありません。

特にアラーキー。世間的にヌードのイメージが強いようですが、スナップや風景なども素晴らしく、その多面性にも惹かれます。世界的に評価される一方で、「あのエロカメラマンのどこがすごいの?」と疑問に思う人もいるようで……。そこで今回は、作品を見ながらそれらの写真が生まれるに至った彼の人生も辿ってみたいと思います。



第一回太陽賞を受賞した幻のデビュー作

下駄屋を営み、アマチュア写真家でもあった父の影響を受け、写真を撮り始めたアラーキー。千葉大学在学中、雑誌『太陽』が主催する太陽賞に『さっちん』でエントリーし、見事に受賞します。

この作品について、インタビューでは次のように話しています。

この日常に犯されつづけてきたアパートの情景と、汗だらだらでとびはねるさっちんたちは、完全に私をとりこにしてしまった。(中略)一年間、いっしょにとんだりはねたりして遊んだ結果、日常のなんでもないことの中にすばらしいドラマがあることに気がついた。そして、さっちんに私を見たのである。

さっちん | 荒木経惟写真集
この“さっちん”というネーミングは傑作である。私は、その頃“のぶちん”と呼ばれていた。それをもじって星野幸夫を“さっちん”と呼んだのである。まさしく、それはのぶちんである。私のこの「さっちん」は、のぶちんの自己紹介にほかならない。これは、得意のネーミングをすれば“セルフタイマー・フォト”とでもいえよう。私は、このセルフタイマー・フォトから出発することを試みたのであり、それは当然のことであった。

さっちん | 荒木経惟写真集
この「さっちん」を見ていると、あまりにも私が暴露されているので照れる。と同時に、一種、快感がある。キャプションまでがそうである。
「ぼくが強いんだ 早いんだ いちばんうまいんだ」
「どうだい かっこいいだろう」
「くにちゃん ぼくが好きなんだってさ」
「ピッチャーじゃなくちゃやらないよ」

さっちん | 荒木経惟写真集
自信たっぷりなのである。見栄っ張りなのである。タイトルの鼻くそをほじっているさっちんのポートレートをみるとドキッとする。最終の地下鉄で股を開いた三流バーの女を見ながら鼻くそをほじくっている私にそっくりだからだ。(『フォト・アート』1969年10月号)

さっちん | 荒木経惟写真集 フレームアウトした数々の写真から、元気いっぱいに遊ぶさっちんたちと、食い入るように近づいてシャッターを切るアラーキーの姿が目に浮かぶと同時に、ありのままの日常を、自分の距離で写す という自分の写真の撮り方を見つけた様子がうかがえます。これから、日記を綴るように撮り続けてきた作品をまとめては、次々と世に送り出していくわけですが、その基盤を作ったのがこの作品群と言えるでしょう。
『さっちん』シリーズの撮影は1962年頃、受賞は1964年。一部の受賞作と自身のスクラップアルバム『さっちんとマー坊』を編纂し、作品集としては1994年に新潮社のフォト・ミュゼから出版しています。

さっちん | 荒木経惟

さっちん

著者
荒木経惟
出版社
新潮社
発行年
1994年
荒木経惟が千葉大学在学中に撮影したものを再編集し、第一回太陽賞受賞作ともなった一部写真も併せて収録。
先に引用したインタビューを含むのがこちらの『アラーキズム』。炸裂するアラーキー節を伊藤俊治が出版可能な範囲(笑)に編集しています。

1964年の「第一回太陽賞受賞の感想」以来、30年にわたる写真家/荒木経惟の発言・文章を伊藤俊治が編纂。真摯で不真面目なアラキワールドの集大成。
アラーキズム | 荒木経惟、伊藤俊治

妻・陽子との生活を綴った代表作

アラーキーを語るうえで外せないのが、妻・陽子の存在です。大学卒業後に就職した電通で出会い、結婚。新婚旅行の道中でカメラに収めた写真の数々は、『センチメンタルな旅』と題し私家版の写真集としてまとめられました。それ以降も、『わが愛、陽子』、1982年『10年目のセンチメンタルな旅』、1984年『ノスタルジアの夜』、1985年『愛情生活』、1987年『酔い痴れて』、1989年『愛情旅行』と、夫婦生活のなかで撮り続けた写真をまとめて次々に出版していきます。

『センチメンタルな旅』が発表された当時は、個人的なものを被写体にしたいわゆる“私写真”で作品集を出版する写真家は日本でほとんどいなかったのだそう。『センチメンタル〜』の前後編であり、陽子のエッセイも載せて作られた『わが愛、陽子』からいくつか写真を見ていきます。

わが愛、陽子 デートで美術館に行ったり、映画を見たり。

わが愛、陽子 楽しそうに食卓を囲む様子。片時もカメラを離さないアラーキー。

わが愛、陽子 常に明るく振る舞わなくても、物思いにふけるときだってある。気の置けない間柄だからこそ見せられる憂いた表情が、お互いの愛の深さを最も表現しているのかもしれません。

わが愛、陽子

わが愛、陽子

著者
荒木経惟
出版社
朝日ソノラマ
発行年
1978年
ソノラマ写真選書シリーズ第7巻、アラーキーが最愛の妻・陽子との夫婦生活を撮った写真集。身近な日常、わが愛そのものを写しとった写真作品に、陽子のエッセイを併せて掲載。
陽子とともに生み出した一連の夫婦生活の写真集を編纂したのが『荒木経惟写真全集 3 陽子』。今となっては希少価値が高く手に入りづらい本に収録されている作品も、手軽な価格で見ることができます。ちなみに、現役の写真家で全集が発売されたのは極めて異例のことなんだそう。

フォーエバー、陽子 『東京日和』初出。豪徳寺の愛の巣にて。

アラーキーこと写真家・荒木経惟の妻、荒木陽子のエッセイ。夭逝する前に「思想の科学」で連載していたエッセイを、アラーキーの写真とともにまとめ上げたもの。
東京日和 | 荒木陽子、荒木経惟
荒木経惟写真全集3 陽子 『ノスタルジアの夜』初出。デートで映画「ノスタルジア」を観に行った後に。

映画の興奮冷めやらぬまま、冷酒をしこたま呑んで家に戻り、ソファでお酒臭いいきをハアハア吐いているうちに、お互いの体が入り乱れ始め、夫がストロボをパカパカたき出した。

荒木経惟写真全集3 陽子 荒木経惟写真全集3 陽子 荒木経惟写真全集3 陽子
私が一人ソファで喘いでいても、私の肉体は単に投げ出された肉体ではなく、彼の肉体としっかり繋がれている肉体なのであり、夏みかんを食べる手が写っている写真では、こちら側にいる彼もやはり夏みかんを食べて、その夏みかんの匂いのついた手のままシャッターを押している情景、とゆーのが私には感じられるのだ。/私が写っていても、そこには彼の姿が色濃く投影されている。/私の写真ではなく、私と彼の間に漂う濃密な感情が写っているのである。(『愛情生活』―「〈ノスタルジアの夜〉ふたたび」)

「セックス」という行為そのものに目が行ってしまい、いやらしい、エロいといったイメージが先行してしまいますが(私も最初はそうでした)、よくよく考えて見ればごく当たり前に繰り広げられる日常の一部でもあります。そして、撮る側と撮られる側が極限まで近づいた結果であり、かつ、対等な関係にあることも示している。だって、そうじゃないとこんな写真は公に見せられない。
実際には「アラーキーはエロカメラマンだ」という事実に間違いはないんだろうけど(笑)、そういったごく私的な写真を作品として確立させた ことが、天才と呼ばれる所以の一つ。

荒木経惟写真全集3 陽子 その後、陽子は病に倒れ、1990年に夭逝。アラーキーの一番の理解者であり、批評家でもあった妻を最後まで写真に撮り続けました。

荒木経惟写真全集3 陽子 ちなみにこの棺の写真だけは、陽子の顔のトーンを白くし縁を沈めるという、アラーキー曰く“稚拙なテクニック”を使ったのだそう。「死」という一番の真実だからこそ、稚拙であろうとも持てる技術のすべてを以ってこの1枚を世に送り出したんですね。

荒木経惟写真全集3 陽子

荒木経惟写真全集3 陽子

著者
荒木経惟
出版社
平凡社
発行年
1996年
病に冒され先立った最愛の妻、荒木陽子を写した写真作品集。併せて、荒木陽子の日記エッセイ、岡崎京子による「荒木経惟論」を収録。

アラーキーが愛した、もう1人のおんな

アラーキーが愛したのはもう1匹、いや1人。猫のチロです。

荒木経惟写真全集10 チロとアラーキーと2人のおんな チロとソファネ(ソファで寝ること)。アラーキーが新聞を読んだり、原稿を書いたりしているとかまってと言わんばかりに邪魔をしてきます。

荒木経惟写真全集10 チロとアラーキーと2人のおんな 荒木経惟写真全集10 チロとアラーキーと2人のおんな 好奇心旺盛。自宅バルコニーには、こうやってチロが捕まえてきたヤモリがミイラになっていたようです。アラーキーの作品にも「ヤモリンスキー」としてたびたび登場します。

荒木経惟写真全集10 チロとアラーキーと2人のおんな ヨーコの体操タイム with チロ。

荒木経惟写真全集10 チロとアラーキーと2人のおんな この写真、すごく好き。表情は見えないけど、それぞれがそれぞれに安心感を感じているのがわかる1枚。

荒木経惟写真全集10 チロとアラーキーと2人のおんな

荒木経惟写真全集10 チロとアラーキーと2人のおんな

著者
荒木経惟
出版社
平凡社
発行年
1996年
愛猫のチロと愛妻の陽子を追ったフィルムのスナップ写真を掲載。併せてアラーキーの手記も収録。

それでも写真を撮り続ける

陽子の死後、打ちひしがれたアラーキーは空や花を撮るようになります。これがまた儚くも美しい。

荒木経惟写真全集11 廃墟で 荒木経惟写真全集11 廃墟で 荒木経惟写真全集11 廃墟で アラーキーの目には映る空は灰色だったのか、写真に色をつけた作品。

荒木経惟写真全集11 廃墟で 荒木経惟写真全集11 廃墟で グロテスクなヤモリンスキーと不気味なまでに色鮮やかな花が共鳴。

荒木経惟写真全集11 廃墟で 美しいのだけれど、どこか心を亡くしたような花の写真。感極まるものがあります。大切な人を失っても写真を撮り続ける姿勢に、写真家として生きる覚悟が伝わってきます。

荒木経惟写真全集11 廃墟で

荒木経惟写真全集11 廃墟で

著者
荒木経惟
出版社
平凡社
発行年
1996年
最愛の妻・陽子の逝去後、自宅のバルコニーで撮影した空や花、愛猫チロなどの美しくも切ない写真の数々をカラーとモノクロで多数掲載。荒木経惟論は竹中直人。
世田谷区の自宅から、アラーキーはまだまだ写真を撮り続け、次々と写真展や作品集で発表していきます。

道 朝の通勤・通学。

道 何の変哲もない交差点だけど、雪が降ったりお祭りがあったりすると、一気に道の表情が変わる。

道 子どもを見守るお母さん、友達と遊ぶ小学生。過ぎていく毎日のなかで見落としていた大切な家族や友達との関わり、季節の移ろいを感じることができます。

著者
荒木経惟
出版社
河出書房新社
発行年
2014年
自宅バルコニーから撮り続けた、ある道路の交差点の風景をモノクロで収録。
この写真集に出会って確信したことが一つ。アラーキーの写真は、必ずと言っていいほど前後のストーリーをイメージさせられる んですよね。しかもそれは、アラーキーがどんな気持ちでその被写体を見つめ、シャッターを切ったのか、その撮影風景までもが自分の頭のなかでリプレイされていくような感覚。自分の感情を赤裸々に写真に乗せた写真家は、なかなかいないのではないでしょうか。
まだまだ語り尽くせないアラーキー。また改めて書きたいと思います。ぜひ、アラーキーの特集もご覧ください。

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山田
コンテンツ編集長として、ブログやイベントなどの企画・編集を行なっています。好きなジャンルは写真と音楽、カルチャー。特にアラーキーが大好きです。アレン・ギンズバーグの「HOWL」キャップを被っている古着女子を見つけたら、それはわたし。
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