goto_000
Ilustration by Shiori Hasegawa

Column_No. 03
「わたしが輝く」という詩情

女性の詩人について書きたいと考えて、与謝野晶子の「みだれ髪」を手にとりました。
むかしの日本女性は髷を結ったので、ちょっとやそっとのことでは髪型がくずれることはありません。みだれ髪。みだれるのは、パートナーと一夜愛しあう、その後だけです。そんなセクシーなタイトルを持つ歌集、刊行されたのは1901年、与謝野晶子が23歳の時でした。



劣等感を逆手にとって⇒熱烈なラブレター


やは肌のあつき血汐にふれも見でさびしからずや道を説く君

乳ぶさおさへ神秘のとばりそとけりぬここなる花の紅ぞ濃き

ゆあみする泉の底の小百合花二十(はたち)の夏をうつくしと見む

(与謝野晶子/「みだれ髪」)


「学者みたいなかた苦しいことを言ってないでこっちに来なさいよ」、とか「温泉にひたる美しい二十代の私の身体は輝いている」とか、かなり性的に奔放な内容を呼びかけています。文字の間からピンク色や、ミルク色が飛び出してきて、ページをめくってくるとくらくらしてきます。

与謝野晶子は現在の大阪府堺市の和菓子商の三女に生まれました。男の児を望んだ父と折り合いがわるく、一旦養子に出されました。実家に戻されてもいじわるな乳母をつけられ、一方で両親との触れ合いは少なく、子だくさんのにぎやかな家庭の中でひとり疎外感を感じて育ちました。

「兄や弟や妹に対する両親の待遇は全く自分と正反対であつた。両親の膝の温かみを知らないで育つたのは自分ひとりであった。(中略)両親にも多勢の店の者にも気取られない様にじつと堪へて、同時(いつ)も淋しい笑顔を見せてゐた。」

学校でもいじめをうけていたようです。地味でみじめな幼少時代。女学校に通いながら晶子は店の帳簿づけを任されるようになります。空いた時間を利用して文学に読みふけり、短歌をつくるようになりました。

そのころ気鋭の歌人与謝野鉄幹が雑誌「明星」を刊行します。鉄幹は男ざかり。晶子は鉄幹に会う機会があり、以前から作品の投稿や添削を通じてあこがれが募っていた女の恋は燃えあがります。さきほど引用した歌はそのころ、晶子が「明星」に投稿していたものです。内容はエスカレートします。

歌の内容は(おそらく鉄幹への)熱烈なラブレターです。読む人にこれは娼婦かと疑わせるような誘い文句。じっさいの晶子は生家の手伝いをするさして特徴もない女性でした。今でいえば中小企業の経理の手伝いをしている真ん中のお姉さん、という存在。しかし、うつむきがちだった少女が自分の居場所とあこがれの相手を見つけたときに「劣等感を逆手にとって」おどろくほどの爆発力を見せました。その結果、それまで(万葉集以来)日本の女性歌人がなしえなかった直接的な情熱表現を実現します。


清水へ祇園をよぎる桜月夜こよひ逢ふひとみなうつくしき
(与謝野晶子/「さくら草」)


恋する女の目にはすべてのものがうつくしく映るのです。心の奥に隠しもっていた「女性」が突如あふれ出す感覚。誰にでもそんな瞬間があるのだと思います。コンプレックスをはねかえして、この時だけは自分自身がもっとも輝く、という瞬間。

「みだれ髪」には前むきなエネルギーがあります。読んでみると小さなことでくよくよ考えるのがバカらしくなります。パワースポットに詣でるより勇気をくれそうです。こんなふうに、周囲のことを考えずに突っぱしる時もあっていいんじゃないでしょうか。若気のいたりでも何でも。

その後の与謝野晶子の人生も彼女らしいものでした。


ありとある悲しみごとの味(あじはひ)の皆見ゆるかなわがすなる恋
(与謝野晶子/「さくら草」)




モノづくりの国の女⇒保証書つきの嫁いり



積極的に女性としての自分を売りこんだ与謝野晶子と比べてみたくなるのが、現代の女性歌手西野カナさんです。「トリセツ」について触れたいと思います。トリセツとは取扱説明書の略です。


この度はこんな私を選んでくれてどうもありがとう。
ご使用の前にこの取扱説明書をよく読んでずっと正しく優しく扱ってね。
一点ものにつき返品交換は受け付けません。
ご了承下さい。
(西野カナ/「トリセツ」)


とても謙虚です。「返品交換は受け付けません」とはっきり断りながらも、「選んでくれてありがとう」とは高度に(ビジネスとしての)サービス精神の徹底された現代日本のすがたここにあり、といった感じです。


定期的に褒めると長持ちします。
爪がキレイとか
小さな変化にも気づいてあげましょう。

もしも古くなってきて
目移りする時は
二人が初めて出逢った
あの日を思い出してね。
(西野カナ/「トリセツ」)


歌詞の中には細かい注意書きが並びます。ただ、それは押しつけがましいものではなく、あくまで使用者(彼氏あるいは夫)の目線に沿ったつつましいものです。あまりに遠慮がちでけなげに映るくらいです。


これからもどうぞよろしくね。
こんな私だけど笑って許してね。
ずっと大切にしてね。
永久保証の私だから。
(西野カナ/「トリセツ」)


サビになると語り手はまた一歩謙虚になります。「こんな私だけど笑って許してね。」そして、「永久保証」をすると断言します。永久保証とはサービスが過ぎるような気もします。

西野カナの歌詞には、けなげさやかわいらしさが満ちています。高望みはしないけれども、相手にはせいいっぱい尽くします、といったある意味古風で保守的な日本女性のすがたが透けてきます。それはそれでグッときます。ただ、そこまでへりくだらなくていいのに、という思いもわきます。彼女の歌が支持されるのはそういう共通感情を同時代の女性がもっているからなのかもしれません。(スペック的には)そんなたいした商品ではないですが、愛情がこもってますのでどうぞ買ってください、という響き。

戦後モノづくりの道を歩んできたこの国において、人間もスペックや人気ランキングで分類されてしまう、そんな姿が見えてくる気がします。それはあきらかに間違ったことです。へりくだらなくても、保証なんてしなくても正直に相手にぶつかれる世界であって欲しいとぼくは思います。



汚れた聖母⇒少女のように

goto_01 最後にマドンナに触れたいと思います。マドンナは昨今のレディー・ガガの先輩筋で奇抜でセクシーな格好でステージに立つことで世界的なトップアーティストになりました。そのイメージはザ肉食系、プライベートでもスキャンダラスな話題がつきまといます。「LIKE A VIRGIN 」はそんな彼女がはじめて全米ナンバーワンをとった曲。ちなみにマドンナとはキリスト教の「聖母」のことです。


これまで散々だったけど
今度はなんとかうまくいきそう
あなたに出会うまで
たくさんのものをうしなった

うちのめされ悲しくてブルーだった
けどあなたのおかげで心はかがやき、
生まれ変わる

男を知らない少女のように
ほんとうに初めて触れられるように
男を知らない少女のように
あなたの鼓動が近いとき

(MADDONNA/「LIKE A VIRGIN」


あらためて歌詞を読むと何かイメージと違う、と思いました。もっと奔放に生きて男をとっかえひっかえするわ、という歌ばかり歌っているのかと思いきや、ここから透けてくるのはこれまで色々うまくいかなかことばかりだったけど、今度こそは幸せになれそう、輝けそう、というフレッシュな感情です。

今回紹介したなかでは与謝野晶子に近いですが、歌詞はもっとつつしみ深い。いろいろあっても年を重ねてもなかみは永遠に少女のままだ、と言っています。宗教の違いや(当然)時代の違いなどこの違いは面白いです。西野カナのようにサービス精神にあふれることは言っていません。そこにあるのは「恋をする自分」、あなたがいて、自分が輝くという感情です。



pov_profile1
後藤 大祐(ごとう だいすけ)

1979年生まれ、会社員をしながら詩や文章を書いています。著書「詩集 誰もいない闘技場にベルが鳴る」、2016年1月日本現代詩人会入会。2016年度「詩と思想」現代詩の新鋭。東京大学文学部英文科(2004年卒業)で英米文学・近現代詩の読みかたを学びました。スポーツはサッカーとボクシング、見るよりもやる方が好きです。最近もっとも興味があるのとんぺい焼きです。
「カバンには詩集を」のバックナンバーはこちら。

連載コラム バックナンバー一覧
カバンには詩集を / 後藤大祐
詩人・後藤大祐さんが綴る連載コラム。一見して難しい印象を抱きがちな現代詩の世界を、軽快に、そしてわかりやすく解説。
  • Facebookでシェア
  • Twitterでシェア
  • はてなブックマークに追加

この記事をシェアする

お支払い方法について

  1. クレジットカード決済

    VISA、MasterCard、JCB、Amex、Dinersがご利用いただけます。分割払いも可能です。
  2. コンビニ決済

    ご注文後、発行される払込番号をコンビニにお持ちいただきお支払いください。手数料は無料です。
  3. 後払い決済

    お支払前に商品を発送いたします。別送の請求書をお近くのコンビニ・郵便局・銀行にお持ちいただき、お支払いください。手数料として別途250円を頂戴いたします。
  4. 代金引換決済(着払い)

    到着時にドライバーに現金でお支払いください。手数料として別途350円を頂戴いたします。
  5. その他、銀行振込、Paypal決済もご利用いただけます。
    詳しくはこちら

送料・配送について

  • ・日本郵便ゆうパックにてお送りいたします。
  • ・送料は全国一律500円。
  • ・お買い上げ商品代金の合計が10,000円以上で送料無料。

お届け日の目安

営業日の正午12時までに確定したご注文につきましては当日中にご注文商品を出荷させていただきます。

なお、到着ご希望日が数日先に設定されている場合、ご注文の確定(ご入金の確認)がなされていない場合、またご注文内容について何らかの確認をさせていただく必要がある場合などは、上記の出荷に関するお約束に適用されませんのでご理解の程お願い申し上げます。何らかの理由で発送が遅れる場合はその旨ご連絡いたします。

返品・返金について

当店で取り扱うすべての商品で返品・返金に対応させていただきますので、安心してお買い物をお楽しみいただけます。返品をご希望の場合には、商品到着後7日以内に当店宛てにご連絡ください。
詳しくはこちら

送料・配送について

info@nostos.jp
03-5799-7982

公式SNS

運営会社

株式会社NEU(ノイ)
東京都公安委員会許可 第303251508268号
© nostos books All Rights Reserved.